インタビュー
日本兵捕虜の中にいた自分の親戚(英語)
(英語)戦争犯罪裁判が行われる予定でした。私はその場所にいたため、調査を命じられ裁判所で手伝いをしていました。そしてある部隊の名簿と日本人捕虜の送還名簿に目を通しておくよう言われました。その間、降伏した捕虜は学校の校舎や校庭などの捕虜収容所に拘留されていました。一部の部隊はまた別の場所に拘留されていました。 私はたまたま第5師団の部隊の名簿を渡されたので、あらかじめもらっていた(戦争)犯罪の容疑がかかっている者の名前が、その名簿の中にいないか見ていきました。するとたまたまその中にヨロ・オオモトという見覚えのある名前があり、ピンときたのです。ファーストネームはヨロと日本名で(書かれていま)したが、私の親戚の名前はハリー・オオモトといい、名前が似ていたのです。ハリーは私のはとこでした。
私はジープに乗り込み中国人通訳を連れて(ヨロがいる)収容所に向かいました。行き先の収容所は運転手が知っていました。ゲートでガード役に「この男に面会したい」と告げると、私がMP(米軍憲兵)の腕章をつけていたため、皆はその男が何か罪を犯した為に、彼を連行する目的で私が追いかけてきたと思ったようです。あの当時は誰もがちょっとした罪を犯したのではないか、という罪悪感があったので、その中の一人が(見つかってしまい)連れて行かれてしまうのか、という思いだったのでしょう。ですから皆すぐにヨロ・オオモトは容疑者だと思ったようです。(ガードに)名前を渡し彼を連れてくるよう頼みました。するとハリーは私が(軍の)制服を着ていたにもかかわらず角を曲がったところですぐに私に気づき「ヒロシ兄さん!」と言いました。私は彼の実兄ではありませんが、彼が日本軍に徴兵される前にロサンゼルスで一緒に住んでいたために、実の兄より近い存在だったのです。
日付: 2003年12月17・18日
場所: 米国、ワシントン州
インタビュアー: アリス・イトウ、トム・イケダ