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日本時間 ~日本語ラジオ放送史~ 《ロサンゼルス編》


2022年12月19日 - 2023年5月29日

1921年にいち早く商業ラジオ放送を始めたロサンゼルスでは、1930年から定期的な日本語ラジオ放送が始まった。シアトル編に続き、今シリーズでは戦前ロサンゼルス地域での日本語放送の歴史を全5回に分けてたどる。

*本シリーズは、平原哲也氏の著書『日本時間(Japan Hour)』からの抜粋で、『羅府新報』からの転載です。

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シリーズ「日本時間 ~日本語ラジオ放送史~」


このシリーズのストーリー

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第10回 尾座本導のサンデー毎日放送とラジオ小東京

2023年5月29日 • 平原 哲也

1940年2月8日に加州毎日放送(第5回参照)での最終放送に臨んだ尾座本導は、番組降板とほぼ同時にガーデナ平原日本人会の幹事に就任した。しかし、ラジオへの情熱は絶ち難かったと思われ、「サンデー毎日放送協会」を設立してラジオ界に復帰した。 サンデー毎日放送 戦前の日本語放送としては最後発となる番組「サンデー毎日放送」が1940年11月3日よりロングビーチのKGER局から放送された。毎週日曜日の朝6時からの1時間番組で、講演、演芸、ニュース等を放送するとしている。 広…

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第9回 羅府日本人合同教会の日曜文化放送

2023年5月22日 • 平原 哲也

羅府日本人合同教会(合同教会)は羅府日本人組合教会、羅府長老教会および日本人ベツレヘム組合教会の3教会が合併して1918年2月に発足した教会である。 同教会は日本文化放送協会(第3回参照)に熱心に働きかけ、1937年11月14日より新しい日本語番組を開始することとした。番組は「日曜文化放送」と呼ばれ、合同教会の渡邊宗三郎牧師の担当により、毎週日曜日の20時半から30分間、ロングビーチのKGER局から放送された。 初日の番組については以下の内容が予告されている。 …

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第8回 加藤新一が担当した南加農会連盟放送

2023年5月15日 • 平原 哲也

市況放送開始 1930年代のカリフォルニア州では白人に次いで日系の農民が多く、日系農民は特に近郊市場向けの野菜や果物類の生産を担っていた。1930年の統計では職業についている日系人のうち53%は農業に従事していた。作物の収穫時に必要とされる多量の労働力については邦字新聞での募集に加えて、メキシコ系やフィリピン系の労働者を雇い入れて対応していた。 1933年に発生した農業労働者のストライキを契機に、南カリフォルニア地域の36の組合の代表者が集まり、これらを束ねる組織として…

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第7回 歯科医ドクター・コーエン提供の日本音楽放送

2023年5月8日 • 平原 哲也

ロサンゼルスで歯科医院を経営するドクター・コーエンがスポンサーとなり、ロサンゼルスのKTM局で日本語放送が3期にわたり放送された。コーエンは移民社会の顧客を取り込むことに熱心な歯科医で、ロサンゼルスやメキシコ国境のラジオ局において多数の宣伝や番組提供を行っていた。ヒスパニック向けには「スペイン語を話します」と売り込み、邦字新聞紙では「日本人看護婦が出勤しております」などと宣伝し、低価格でのサービスを売り物にしていた。 日本音楽番組 1932年2月8日(月)から毎週月…

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第6回 羅府日本人会が主催する日本語放送

2023年5月1日 • 平原 哲也

1931年11月11日夜に開かれた羅府日本人会参議員会で、毎週一回のラジオ放送を行うことが決議された。これに基づき、同年12月5日より日本人会(赤司郁会長)が担当したいわゆる「羅府日会放送」がバーバンクのKELW局で開始された。毎週土曜日の19時半から30分間、日本語および英語の放送が行われた。 アナウンスは前年の「日本人放送局」(第2回参照)での経験者である羅府新報の前田輝男(国本輝堂)が担当した。KELW局は早朝にメキシコ移民社会向けのスペイン語番組を持つことでも…

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第5回 加州毎日放送

2023年1月23日 • 平原 哲也

1932年7月、ロサンゼルスは地元で開催中のオリンピックで沸いていた。しかし、アメリカでは放送権料に関する合意に至らず、競技が国内向けにラジオ中継されることはなかった。新聞屋として速報を伝えるべく、『加州毎日』(加毎)は試合の行われるスタジアムからリトル東京のサンピドロ(サンペドロ)街にあるミツバ貿易商会に電話をかけ、毎日午後2時からその店頭で音声を流すことにした。加毎による有線放送の試みである。 その模様は「店頭に集まった群衆は約700名、刻々と入り来るニュースに対して…

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このシリーズの執筆者

中学生の頃から外国の短波放送を受信する趣味を始める。ラジオ全般の歴史にも興味を持ち、近年は南北アメリカ大陸で放送されていた日系移民向けラジオ番組の歴史について調査している。2020年に北米大陸で戦前に行われていた番組を紹介する『日本時間(Japan Hour)』を自費出版。

(2022年 9月更新)

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