タミコ・ニムラ

(Nimura Tamiko)

タミコ・ニムラさんは、太平洋岸北西部出身、現在は北カリフォルニア在住の日系アメリカ人三世でありフィリピン系アメリカ人の作家です。タミコさんの記事は、シアトル・スター紙、Seattlest.com、インターナショナル・イグザミナー紙、そして自身のブログ、「Kikugirl: My Own Private MFA」で読むことができます。現在、第二次大戦中にツーリレイクに収容された父の書いた手稿への自らの想いなどをまとめた本を手がけている。

(2012年7月 更新) 

identity en ja es pt

ニッケイ物語 2—ニッケイ+: 混ざり合う言語、伝統、世代、人種の物語

日系フィリピン人の思い出写真

「あなたのお母さんってフィリピン人?」友人のお母さんが尋ねます。彼女もまたフィリピン人です。そのお母さんは首を横に振って優しく微笑み、こう言います。「あなたは日本人っぽく見えるわね」 * * * * * 私は姓も名も日本人名で、フィリピン名は入っていません。でも一方で、大西洋岸の北西部では「素敵な日焼け」とされるような肌の色をしています。私はチュロンやルンピア、アドボの作り方を知っていますし、照り焼きチキンを家の秘伝のレシピで一から作ることができます。また、ゴルディロックスのランチカウンターや照り焼きランチメニューを見て注文もできると思います。仏教やカトリックの礼拝に行ったりもしましたが、どちらにも属さずにいます。先生として、私は生徒に自己紹介をするとき、「左半分が日本人、右半分がフィリピン人です」と言ったものでした。人間の身体の変わった面を示したかったのです。 経験上、ミックスとしての人生を千文字足らずで上手に語ることはできません。また、「ミックスであること」とは、あなたがどの程度「ミックスであること」を許されているかで状況が変わってくるのです。 あなたの両親は、母国の文化をそれぞれ等しく取り入れていますか。それはどのようなものですか。また、文化の価値観、食べ物、音楽などを等しく分け与えようとしていますか。日系アメリカ人の私の父は、日本語の子供向けのレコード曲をかけ…

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Speaking Up! Democracy, Justice, Dignity

Of No-No Boy and No-No Boys: At the Seattle 2013 JANM Conference

“How do you as a storyteller account for traces of the erased, the denied or that flat out vanished?”—Junot Díaz From Twitter: July 15, 2013, 12:35PM: @Tulelakenps: Today, 70 years ago in 1943, Tule Lake was declared a Segregation Center, incarcerating all Japanese Americans deemed “disloyal”. “Your name?” I’m picking up my registration packet for the Japanese American National Museum conference, held in Seattle a few weeks ago. “Nimura, N-I-M…” I begin, and start to spell out my last name for the volunteer au…

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For a Sister Getting Married: Senbazuru—1000 Cranes

“What are those?”I’m staying overnight with my daughter and her friends on a field trip. My daughter’s best friend is looking at the ziploc bag of paper, sitting on the hotel bedside table. “They’re origami cranes. You remember the story of Sadako that you read in your class this year? If you fold a thousand, you get a wish?” “Yeah. Can I look at one?” When I nod she takes one out of the bag, carefully. “They’re cool.” “I’m trying to fold a thousand for my sister’s wedding. It’s a Japanese Ameri…

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ニッケイ物語 1 — いただきます!ニッケイ食文化を味わう

私のログキャビン・スキヤキソング*

1.私のブログに残されたコメントには、「ついにあなたと妹さんを見つけたわ!」と綴られていました。その人は、私の父と幼年期から青年期にかけて友人だったと言うのです。しかし、私が覚えている限り、会ったことはありません。彼女は、日系アメリカ人の中では珍しい私と妹の名前も知っていました。私がカリフォルニアのローズビルで育ったことも知っていて、父の思い出を私に伝えたいというのです。 私は初め、少し気味が悪い気がしましたが、記憶の中から子供の頃の名前リストを洗い出してみました。でも、思い出せるのは、狭い家の中で開いた夕食会に大勢のお客さんがひしめき合っていることだけでした。他には何もありません。この人は一体誰だろう? 決定的だったのは、コメントの追伸でした。 「お父さんのすき焼きレシピ(あなたのお祖父さんから引き継いだもの)の秘密も知っているのよ。ログキャビンのシロップでしょ!」 ご明答!彼女は本物です。   2. すき焼きは、鍋料理(日本語では、鍋物と言います。)ですが、すき焼きを知らない人にはそれだけでは説明になりません。「一鍋料理」と言うと簡単なものを想像するかもしれませんが、実は、たくさんの食材を切ったり、材料やソースを事前に合わせておく必要があるので、実際は「一鍋プラスいくつもの料理」なのです。すき焼きは、たっぷりのタレ(割下)で作る、牛肉、豆腐、長ねぎ、白滝、赤…

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Why Ichiro’s Departure Makes This Nikkei Girl Sad

We arrived in Seattle at about the same time, and we’re the same age. We’ve both got family ties to Japan. When he arrived, he made just about as much as I did—that is, if you didn’t count the word “million” in his salary and “hundred” in mine. But none of this explains why Ichiro Suzuki’s sudden departure from the Mariners has hit me this hard. ***** When I arrived in Seattle in the late 1990s, I was scared, and excited, and living all by myself for the first time. I’d moved from the San Francisco Bay Area to go to grad school …

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