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2011年渡米、「アメリカの日常的な食卓に味噌を届けること」を目指す藤本亜以さん

発酵へのパッション

通訳から味噌作りに転身した藤本亜以さん。

ロサンゼルスのダウンタウンで手作り味噌の会社を経営する藤本亜以さんとは共通の知り合いの紹介で出会った。最初に会った時、失礼ながら「どこかの日系食品商社の出資を受けているのですか」と決めつけて聞く私に、彼女は「いえいえ、どこからも出資は受けていません。(社内通訳者としての)月々のお給料の一部を味噌事業にあてながら資金繰りを続けていました。あと、数年前にインフルエンザの注射を接種した後に片腕が上がらなくなり、その補償プログラムによるお金が出ることになって。恥ずかしながら、それも大変助かりましたね(笑)」と答えた。

どこにも依存せず、アメリカという異国の地で、自分が作った味噌を広めようと起業した日本人女性。そして、もとは通訳と翻訳業に従事していたという亜以さんに、「帰国子女なのですか」と聞くと、これもまた的外れな質問だと分かった。「いえ、旅行で海外に行ったことはありましたが、英語は自分で習得しました」と答えたからだ。

そんな亜以さんが渡米したのは2011年、日本で一緒になったアメリカ人の前夫とロサンゼルス近郊のマリナデルレイで暮らし始めた。「当時はイタリアの鉄鋼会社と通訳として契約していたので、ロサンゼルスからイタリアに定期的に出張に行ったりしていました」。

その後の転機はブルワリー巡りを通じて訪れた。

「トーランスで働いていた時によくブルワリーに行くようになりました。さらにダウンタウン・ロサンゼルスに引っ越したことで、周辺にあるブルワリーもよく訪ねるようになり、そういった流れで発酵に興味を持つようになったのです。自分でも何か醸したいとYouTubeの動画を見ながら、醤油や味噌を自分のアパートで作り始めました。それもYouTubeの動画を見ながら。前の夫とは違う道を進むことになり、離婚することになりました。それをきっかけに何かアメリカで通訳以外の仕事をしたいと思うようになって、発酵へのパッションが加速したのです」。

発酵への思いが募った結果、亜以さんは福井県の味噌蔵を訪ね、新潟県の味噌蔵でも地元のパートさんと一緒に麹室に入って作業に従事した。「そうしていくうちに、味噌は地方によって違うこと、いかに日本の食生活に根付いているかということを実感し、どんどん味噌の世界に魅せられていったのです」。


ロサンゼルスで手作り

地方によって味噌は異なるのだと体感したことで、亜以さんの中に「ロサンゼルスの空気で発酵したロサンゼルスの味噌を作ってみたら、他の味噌商品とは一線を画す、面白いプロジェクトになるかもしれない」という気持ちが芽生えた。その結果、ダウンタウンのコマーシャルキッチンをベースにOMISO LLCを2018年にスタートするに至った。

パンデミックを挟んで起業から6年。亜以さんはロサンゼルスのレストランに自ら開発した味噌を卸したり、ハリウッドのファーマーズマーケットで即売したりと「ロサンゼルスで作った味噌」の普及に現在も努めているが、ゴールは一体どこにあるのだろうか。

「大きな話をしてしまうと、アメリカの中西部のしかも大都市ではない街の、高級でもない普通のグロッサリーストアで、一般的なアメリカ人が味噌を買って、そしてそれでお味噌汁を作って食べるところまでになるといいなと考えています。“一般的なアメリカ人”とは日本に特別な興味もない人という意味です。壮大な夢のようですが、この国に販売ネットワークのシステムに載せることができれば、不可能なことではないのです。今、それに関しても研究中ですが、必ず全米にお味噌を届けられる日が来ることを信じています。でも、それまでにはいくつかのフェーズがあり、乗り越えなければいけない壁も多いと思います」。

味噌を全米に広めるための障壁とは?「教育が十分ではないことです。味噌について多くのアメリカ人が良く理解していません。『味噌って何?パウダー?』と誤解している人もいれば、味噌ラーメンのことだと思っている人もいます。私がファーマーズマーケットで売っていると、『抹茶ありますか?』と聞いてくるお客さんもいます。まだまだ混同されている部分が多くあります」。

ハリウッドのファーマーズマーケットで味噌販売に勤しむ。


チャレンジ魂は曽祖母譲り

今後は、美味しいことは当然として、味噌がいかに健康に良いかを啓蒙していく活動にも力を入れていきたいと亜以さんは語る。「昔のアメリカだと受け入れられなかったと思います。でも今、体に良いものを多くの人が求めています。そこで味噌の健康上の効果をアピールするため、YouTubeで発信を始めました」。その番組で共演しているパートナーは、理化学研究所を経て現在カナダのトロントでアルツハイマー病について研究している日本人女性だ。

さて、移住して13年、アメリカでどのような点が変わったと自分では分析しているだろう。「チャレンジ精神が育まれました。もともとチャレンジするタイプではあったのですが、日本だとあまり目立ちすぎるのは良くないと思って遠慮していた部分があります。実は、私の曽祖母は進取の気性に富んでいて、なんでもやってみようというパイオニアリングスピリットを持っていた人だったのです。小学生の頃、私は明治生まれのひいおばちゃんにローマ字を習ったりしました。そのスピリットを確実に自分は受け継いでいるなと感じますね」。

さらに、「日本だとお味噌屋さんに生まれなかったら、味噌の会社をやる人はいないと思うし、私のようにYouTubeで味噌作りを学んでビジネスにするなんていうことを味噌蔵に失礼かもしれません。でも、アメリカはやりたいことには自由に挑戦できる国だし、それをする人の熱意が伝われば周りの人がサポートしてくれる国なのです。そして、挑戦するからにはフュージョンではなくて、きっちりと伝統的なコアな部分を分かってから、対象に合わせてひねりを加えることが必要だとも思います」とも。

最後に将来のビジョンを聞くと「日本とアメリカの両方に拠点を置いて、海外にビジネスを展開させたい日本の生産者と、アメリカ市場をつなげるようなお手伝いもしていきたいです」と、味噌だけに留まらない夢を語ってくれた。

 

https://www.omiso.co

 

 

 

 

© 2024 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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