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福田 恵子

(ふくだ・けいこ)

@fukuda

国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社勤務を経て1992年渡米。ロサンゼルスの日本語情報誌の編集長を2003年まで務めた後、同年フリーランスとして活動開始。人物取材、アメリカの教育事情、日本食事情などをテーマに取材を続け、2024年に郷里の大分に活動拠点を移す。その後もオンラインを通じて取材執筆活動に従事。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2024年10月 更新)


この執筆者によるストーリー

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創業者の曾孫、慶太さんに聞く「森永製菓とアメリカの縁」

2025年1月27日 • 福田 恵子

エンゼルパイからハイチュウまで 日本なら森永製菓と聞くと小枝、ダース、アメリカならハイチュウを思い出す人が多いかもしれない。1960年代に日本で生まれた筆者にとって森永を代表する商品は、エンゼルパイとミルクキャラメルだ。特にエンゼルパイは、チョコとマシュマロの組み合わせが新鮮で、世の中にこんなに魅惑的な食べ物があるのかと幼いながらに感動したことを今も覚えている。 一方、カリフォルニアで2002年に生まれた私の娘は、中学生くらいの時からハイチュウをよく食べていた。当時、私…

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2004年渡米、サンディエゴのファミリーセラピスト、今村佳代さん

2024年12月4日 • 福田 恵子

渡米したいという希望もなく、英語は得意ではなかった  サンディエゴを拠点に、ファミリーカウンセリングやマリッジカウンセリングのセラピストとして活躍する今村佳代さんは、元々は米軍人との結婚で、2004年にアメリカに渡って来た。 「日本にいた頃、友人が米軍人と婚約した関係で、そのフィアンセの友人と知り合いました。英語も得意ではなかったし、アメリカに行きたいという希望も特になかったのですが、彼と一緒に生活するためにサンディエゴに来ました。ところが、彼のアルコールの問題が深…

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カナダ・トロント在住のインスピレーショナル・スピーカー、春野真理さん

2024年11月1日 • 福田 恵子

「諦めるわけにはいかない」 2024年、北米最大のスピーチコンテストで、英語のネイティブスピーカーに混じって出場し、銅メダルを獲得したのが、カナダ・トロント在住で東京出身の春野真理さん(以下、ハルさん)。彼女は自らの職業を「スペシャルエデュケーター」「ライター」「インスピレーショナル・スピーカー」だとし、同時にカナダへの留学生を受け入れる留学機関で「スタディーアブロード・エキスパート」としても働いている。 彼女の自己紹介は東京の大学生時代、18歳の時のコンビニエンス…

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2004年渡米、ジャズギタリスト・三味線奏者の大岡遊さん

2024年10月15日 • 福田 恵子

「本場に行かなければ」  2024年7月、ドジャーススタジアムでドジャース対ジャイアンツ戦のプレゲームでの演奏を行ったジャズギタリストの大岡遊さん。大阪出身の遊さんは神戸の音楽学校を卒業後、二十歳で単身、ロサンゼルスに渡ってきた。 「卒業した半年後にはもうロサンゼルスにいました。ジャズやブルース、R&Bをやる上で本場に行かなくちゃ、という思いだけでアメリカに来ました。最初は東海岸に渡ることも考えました。僕の出身校はボストンのバークレー音楽院と提携していて、日本の学校…

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新世代の育成を目的に活動中 — Nova Vita Foundation

2024年9月25日 • 福田 恵子

子どもたちにリーダーシップを ロサンゼルス南郊のオレンジ・カウンティーを拠点に、地域に住む高校生を中心に、彼らの育成を目的にコミュニティー活動に取り組んでいる団体がある。名称はNova Vita Foundation(ノヴァ・ヴィタ・ファンデーション、通称ノバビタ)。ラテン語で「New Life」の意味を持つ同団体のメンバーである生徒・学生たちの多くは、親が日本にルーツがある日系人だ。 2019年12月に創設され、2020年から活動を開始しようとしたところにコロナ禍を理…

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トゥールレイク強制収容所で生まれたキョーコ・オダさん

2024年9月5日 • 福田 恵子

父親の収容所日記を本に  2026年、トーランス市内のコロンビア・パーク内に完成予定の「キャンプウォール」は、第二次世界大戦中に全米の強制収容所に送り込まれた収容者全員の名前を刻む記念碑だ。その「キャンプウォール」活動の取材を通じて知り合ったキョーコ・オダさんは、終戦間近の1945年5月に、トゥールレイク強制収容所で生まれた。 キョーコさんの父親、タツオさんは熊本県出身の帰米二世、母は日系三世だった。多くの日系人や日本人が財産を没収されて収容所に送り込まれた一方で、…

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日系強制収容所の14万人の犠牲者の名刻む「キャンプウォール」関係者に聞く

2024年8月25日 • 福田 恵子

2026年2月の完成目指す 第二次世界大戦中に多くの日本人移民や日系人が全米の強制収容所に送り込まれたのは、広く知られた史実だ。しかし、収容所ごとの慰霊碑はあっても、10カ所の収容所に収容された14万人の名前を残したモニュメントがいまだに存在しないということを、私は今回の「キャンプウォール」の取材を通して初めて知った。 収容所別に収容者の名前を刻む10の壁を建立する「キャンプウォール」は、カリフォルニア州トーランス市にあるコロンビア・パークに建設されることが決定して…

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2002年オーストラリアに移住 — 二瓶利子さん

2024年8月7日 • 福田 恵子

戦争への許せぬ思い 数年前に現地に移住した友人からの紹介で、日本からゴールドコーストに移住した二瓶利子さんへのオンライン取材が実現した。利子さんは22年前の2002年、夫婦で神奈川県から同地に移住、11年に夫が亡くなった後も引き続きゴールドコーストに長女の由季子さんと暮らしている。 まずは、4歳の時に太平洋戦争が始まった利子さんの戦争体験について聞いた。 「私は群馬県の農村地帯で生まれ、百戸あまりの集落で育ちました。戦争が始まってからものどかな毎日で、兄や友達と魚…

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1999年渡米、映画監督コービー島田さん

2024年7月16日 • 福田 恵子

25歳の時、突然思い立って「自分も海外へ」 コービーさんとは、2024年5月、カリフォルニアのラグナビーチで開催された某日系企業の創立記念イベントで出会った。ゲストではなく、彼はイベントの模様を映像に収めるビデオカメラマンとしてその場にいた。イベントのコーディネーターとして参加していた私は、当日のプログラムについてのやりとりから、「コミュニケーションを取りやすいビデオカメラマン」という印象を即座に彼に抱いた。撮影を依頼した日系テレビ局のスタッフ、またはフリーランスのカメラ…

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2011年渡米、「アメリカの日常的な食卓に味噌を届けること」を目指す藤本亜以さん

2024年4月29日 • 福田 恵子

発酵へのパッション ロサンゼルスのダウンタウンで手作り味噌の会社を経営する藤本亜以さんとは共通の知り合いの紹介で出会った。最初に会った時、失礼ながら「どこかの日系食品商社の出資を受けているのですか」と決めつけて聞く私に、彼女は「いえいえ、どこからも出資は受けていません。(社内通訳者としての)月々のお給料の一部を味噌事業にあてながら資金繰りを続けていました。あと、数年前にインフルエンザの注射を接種した後に片腕が上がらなくなり、その補償プログラムによるお金が出ることになっ…

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