ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2024/2/27/lihana/

第四十六話 絵画のリハナは誰?

27歳の誕生日にハナは結婚した。相手は3歳年下のエイジと言うハナの同級生の弟だった。

半年前、その同級生はハナを訪ねて来た。弟が日本へ出稼ぎに行くことになったが、出稼ぎに行くなら結婚してから行った方が良いと言うことになり、お嫁さん探しをしているという。同級生はすぐにハナのことを思い出し、会いに来たのだった。

2年ほど前に失恋したハナは、結婚話にはあまり関心がなかったが、、憧れの日本で暮らす機会だと思い直し、エイジと会うことにした。それからふたりは付き合い始め、日本へ出発する予定日が迫っていたこともあり、その数か月後には式を挙げた。

二人の新婚生活は日本で始まった。二人は同じ工場で働き、休みには一緒に街へ出かけた。エイジはデカセギの仲間と釣りに行き、ハナは日本語教室に通った。

2年後に長女リナが生まれた。しかし、この妊娠がきっかけで、ハナは高血圧症になった。心配した母親は、ブラジルから急遽手伝いに駆け付けて来てくれた。

母は孫が生後3か月になるくらいまで日本に滞在する予定だったが、ある日突然、エイジが仕事を辞めてしまった。

一見健康そうに見えたが、エイジは精神的に参っていた。ストレス症候群と診断された。工場での仕事を続けるのはとても無理だと言われ、エイジはブラジルへ帰りたいと言い出した。

ハナはショックのあまり寝込んでしまった。夫に日本で治療を受けるようにと頼んだが、エイジは聞き入れず一人帰国してしまった。

日本に残ることにしたハナは、次第に体調も良くなった。母親に家事を手伝って貰いながら子供の世話もし、仕事に戻った。

ブラジルへ帰国後、エイジは二度ほどハナに電話をしてきた。初めの電話では、ストレス症候群の治療には時間が掛かるのでしょうがないんだ。本当は早く日本に帰りたい。ハナとレアに会いたい・・・」と言った。二度目は元気な声で仕事を見つけたと言ったが、それっきり何の連絡もしてこなかった。

まもなく、ブラジルの大学を卒業し日本の企業に就職したたハナの弟が、来日した。母親は一旦ブラジルに戻り、会社員だった夫を解き失せ、ふたりそろって出稼ぎで日本に来た。こうしてハナの家族は日本に集まり、リナは家族の皆に見守られて、すくすくと育った。

中学校を卒業したリナは、母親に連れられ、ブラジルを初めて訪れた。12月のサンパウロは暑くて息苦しくとても住みにくい町だと感じた。

「自分の父親はこのサンパウロのどこに居るんだろう?」と、リナは思った。

日本で暮らしていた頃、夫のエイジは「へプブリカ広場へまた行きたいなぁ。学生の頃、油絵を描いては、そこで売っていたんだ。ジャポネジンニョ1は絵が上手いとか言われてね」などとよく言っていた。

それを思い出し、ハナは街の中心部にあるへプブリカ広場へ行きたくなった。ハナは日本へ行く前はサンパウロにずっと住んでいたが、一度もそこへ行ったことがなかった。日曜日の朝、ハナたちはへプブリカ広場のフリーマーケットを訪れた。ブラジルの代表的なお土産や手工芸品、アクセサリーなどを売るテントが並ぶとても賑やかな露天市だった。

ハナはブラジルの半貴石を使ったペンダントとブレスレットを手に取って「リナ、どっちがいい?」と振り向くと、リナは傍に居なかった。慌てて、アクセサリーをケースに戻して、リナを探し始めた。

「あの子、パステルが食べたいって言ってたから・・・」と、ソールフードのテントに近づくと、向こうから「ママ、ママ、見て」と、リナが飛んで来た。

大事そうに抱えていたのは60X40 の絵画だった。黒髪が肩までかかった東洋人らしい若い女性の絵だった。笑顔が印象的だった。

「ママに似てるから買ったの。はい、プレゼントよ」

「ママ、とても嬉しいわ。でも、高かったでしょう」

「大丈夫。たくさんお小遣いもらったもん。パステル買って来るね」

夜遅く、ホテルの部屋でハナは、ふと、もしかしたらと思い、絵の裏側を見てみた。右下に「Para LiHaNa」2と書いてあった。

いろいろなことを考えて眠れない夜を過ごしたが、翌日、リナと一緒に日本へ向かった。

今、その絵はハナの部屋に飾られている。

注釈
1.日本人の若い男性
2.「リハナ へ」

 

© 2024 Laura Honda-Hasegawa

ブラジル フィクション 出稼ぎ 外国人労働者 日本 日本における日系人
このシリーズについて

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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執筆者について

1947年サンパウロ生まれ。2009年まで教育の分野に携わる。以後、執筆活動に専念。エッセイ、短編小説、小説などを日系人の視点から描く。

子どものころ、母親が話してくれた日本の童話、中学生のころ読んだ「少女クラブ」、小津監督の数々の映画を見て、日本文化への憧れを育んだ。

(2023年5月 更新)

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