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第四十七話(前編)「帰りたくても 帰れない」

2人の姉を持つ末っ子長男のエイジは、親に将来は医師になるよう言われ育った。姉たちは家事や両親が営むスーパーの手伝いをさせられたが、エイジだけは手伝いではなく勉強に集中するよういつも言われていた。

高校三年生になると、学校が終わるとすぐに塾へ行き、夜は自宅で勉強、週末も塾に通いテスト勉強に励むのが日課だった。

ある土曜日、遊びに来ていた3人のいとこに誘われ、エイジは塾をさぼって、リベルダーデの東洋街に行った。まるで魔法の世界に入り込んだようだった。見る物、聞く物、何もかもが新鮮だった。その夜、エイジは得意の絵を描いた。どうしてもその日、目にした東洋街の風景を残しておきたかったからだ。

高校を卒業する時医学部を受験したが不合格だった。翌年も塾へ通い勉強に励んだが、入学することはできなかった。エイジは自分は医学には進む能力はないと感じた。でも父親は諦めてはいけないと、エイジを励ました。

三度目の医学部受験を目前にしたエイジは、気晴らしにへプブリカ広場に向かった。高校生の時に東洋街で感じたように、自分の世界とは違った物や人や音を感じたかったのだ。

へプブリカ広場で、偶然にも中学校でアートを担当していたジュリエッタ先生の姿を見かけた。黒いチュニックにカラフルな首飾りとおさげがトレードマークのかなり有名な画家だった。

「ジュリエッタ先生ですよね?中学の時先生の生徒だったエイジです。覚えていらっしゃいますか?」

「エイジ!もちろん、覚えているわよ!エイジのようにまじめで将来有望な学生は少ないからね」

エイジは、学業もよくできたが、子供の頃から絵を描くのが好きで、中学時代は同級生や先生たちの似顔絵を描くのが得意だったし、イラストも漫画も上手だったので、先生もよく覚えていた。

二人は、楽しい会話を交わした。ジュリエッタ先生は、受験が終わったら先生のアトリエを見に来ないかと誘ってくれた。 

合格発表を待つ間、エイジはジュリエッタ先生のお宅を訪ねた。サンパウロ郊外にある緑に囲まれた広い家で、そこには先生が絵を教えているアトリエと新人画家を受け入れる下宿があった。

少しして三度目の不合格が確定すると、エイジは先生のアトリエに通い始めた。絵に没頭したいと、次第に先生のアトリエに泊まるようになった。

それを知った家族は、先生宅に知らない画家たちと共同生活をするエイジを心配した。エイジを連れ戻すため、皆で解決策を練った。

「ねぇ。日本へ行かせたらどうかしら?お金を稼いだら、自分のアトリエを構えることも出来るし、他人の家に居候せずに好きな絵をいくらでも描けるわ。も」と、長姉のエミは日本行きを強く勧めた。

しかし母親は「エイジは一度も働いたことがないし、遠い日本にひとりで行かせるのは・・・」と心配した。

「そうだ!エイジに良いお嫁さんを見つけてもらって、一緒に日本へ行けばいいんじゃないか」と父親が言うと、。

次姉のエリカは、「それなら、私の高校時代の同級生にハナって言うエイジに合いそうなとってもいい子がいるわ!」と言った。。

家族全員が賛同し、エリカはすぐにハナをエイジに紹介した。ふたりは気が合い、すぐに付き合い始めた。そのわずか数か月後にふたりは式を挙げた。

家族の提案通り、エイジとハナは新生活を日本で始めた。そしてその2年後、長女リナが生まれた。

エイジとハナはとても喜んだが、予期せぬことがふたりに起こった。

ハナは、妊娠がきっかけで、高血圧症になった。一方、エイジは、子育てとハナの世話ゆえに、以前と比べて疲れやすくなり、やる気が出なくなった。

二人の生活を助けるため、義母が遠いブラジルから手伝いに来てくれた。しかし、エイジの疲れが取れることはなく、イライラして、工場で間違いを起こすことも多くなった。結局、エイジはストレス症候群と診断された。ハナは、このまま日本でエイジが治療することを望んだが、エイジはハナが回復することが最優先だと思った。また、新生児と妻の面倒をみてくれている義母に迷惑を掛けたくないと思い、妻と子を日本へ残しブラジルで一人治療を行うことにした。エイジは一日も早く元気になって、日本に帰るつもりで単身ブラジルへ帰国した。

 続く>>

 

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このシリーズについて

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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執筆者について

1947年サンパウロ生まれ。2009年まで教育の分野に携わる。以後、執筆活動に専念。エッセイ、短編小説、小説などを日系人の視点から描く。

子どものころ、母親が話してくれた日本の童話、中学生のころ読んだ「少女クラブ」、小津監督の数々の映画を見て、日本文化への憧れを育んだ。

(2023年5月 更新)

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