ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2023/9/8/nikkei-wo-megutte-35/

第35回 和歌山・美浜町のアメリカ村―日本の海岸線の旅の途中で④

三重県の英虞湾から海岸線に沿って紀伊半島の方に進むと、本州最南端の串本町に行きつく。この地からかつて男たちが、オーストラリアの木曜島付近で真珠貝(白蝶貝)を採取していた話を前々回書いたが、その先の海岸沿いにも古く海外とかかわった人たちの痕跡の残る町がある。紀伊半島最西端に位置する日の岬(日ノ御埼)を抱える美浜町という町だ。

「アメリカ村」バス停

串本町から今度は紀伊半島の西側の海岸線をひたすら北上していく。国道42号をずっと走ることになるのだが、海岸沿いに行くには、途中御坊市で県道御坊-由良線に入る。ここからが美浜町で、日の岬に向かって行くと、道沿いに「アメリカ村」と表示されたバス停がある。

観光地にあるような名称だが、実はそう呼ばれるに相応しい古い歴史に基いている。バス停のある三尾(旧三尾村)という地区では、明治時代から人々がこぞってカナダに移住、その後帰国した人たちも多くいたことからアメリカ村と呼ばれるようになった。


32年前の取材から

32年前、私はこの地を取材で訪れたことがあった。日本の海沿いの地のちょっとした出来事をルポする連載のひとつとして、三尾地区の歴史と今を追った。明治時代からカナダにわたった人たちの中では、成功して故郷に帰り、西洋風の家を建て暮らした人もいて、そうした家が地区に残るなど、当時の繁栄の名残が感じられる一方で、他の日本の過疎地同様、人口は減り空き家は増え、地元の小学校は将来存続が危ぶまれるという現実があった。

そこで地元では、こうした家を含めて空き家を安く貸し出すなどして、子どもを持つ若い世帯を外部から呼び込もうという運動をはじめた。このアイデアは新聞で「アメリカ村に移民しませんか」という見出しで紹介されるなどし、かなりの反響を呼んだ。

かつて盛んに海外移民を送り出した地区が、時を経て徐々に過疎化の波のなかでしぼんでいき、苦肉の策として国内から移民を募ることになったわけである。一方、カナダに移民した三尾出身者のコミュニティーは、その後故郷を凌ぐほどまとまった感がある。そういったストーリーを、このアメリカ村の取材でまとめた。

取材では、当時、三尾では郷土の移民について丹念に研究している小山茂春さん(当時78歳)が、地区内を案内してくれ、三尾からの移民について丁寧に説明してくれた。地区の中心部の小高いところに法善寺という浄土宗の寺には「バンクーバー/五千弗/・・・」といったように移民先からの寄進を記す札が並んでいた。また、住宅のなかには玄関や窓を塞いでいる家など、明らかに空き家だとわかる建物が目についた。

「ここは、50年間トロントに行ったままの人の家。これはカナダのアルバータ州に行ってしまった人の家です」などと、小山さんはすべての家の事情を知っているようだった。こうした家の中で、アメリカ村の象徴のような家にも案内された。ブルーグレーの外壁と瓦屋根という和洋折衷のような二階建てで、この時は住居として使われていた。

現地に移民としてカナダに住んでいた人から話を聞くこともできた。その一人、橋本ヱイさん(当時87歳)は、17歳でカナダに渡り戦後日本に戻ってきた。「カナダの漁師町ほど暮らしやすいところはなかった」と、カナダへの思いを募らせていた。

中心部から離れた日の岬には、カナダに渡った人々の歴史や生活を再現する「アメリカ村資料館」が建っていた。この資料館は昭和30年代頃から周辺を開発しようとした南海バス株式会社によって運営されていた。“アメリカ村”的なものは観光資源として利用されてもいた。


鮭漁でカナダへ誘う

三尾からの移民は、ひとりの男からはじまる。1854(安政元)年に三尾村で生まれ大工となった工野儀兵衛という人が、カナダ航路の貨物船の船員をしていた従兄弟からカナダは漁業も農業も有望だという情報を得ると、1887(明治20)年、単身横浜から船に乗り、カナダのバンクーバーを経由してスティブストンという漁業の町にたどり着いた。

三尾村は、山に囲まれ耕地面積は狭く、漁場争いもあって漁業は不振、おまけに台風の被害も多く村人の生活は困窮を極めていた。そうした故郷を離れた儀兵衛は、バンクーバー近くを流れるフレイザー川で、鮭の大群を見て驚き、そこで漁業をすることが生活に苦しむ三尾村を救うことにもなる、と故郷に宛てた。

すでにフレイザー川では鮭漁に従事していた日本人がいたが、この情報に三尾の村人は次から次へとカナダへ渡っていった。1900(明治33)年には、加奈陀三尾村会が結成される。移民のピークは大正時代で、これに呼応してカナダから送金を受けた三尾の生活も豊かになっていった。しかし、太平洋戦争がはじまると日系人は総移動させられ収容所に入れられる。

戦争が終ると、日本への引き揚げがはじまる。三尾にも三百数十人が帰って来た。しかし戦後の故郷での貧しい生活環境に落胆して大部分が再びカナダに渡ったという。こうした相互の行き来を背景に、三尾カナダ連絡協議会という国境を越えた組織も誕生した。

山本さんによれば、三尾は大正初期にアメリカ村と呼ばれたという。大量の移民をアメリカ大陸に送り出しただけでなく、この頃多くの人が三尾に戻りアメリカ的な暮らしをしたからだ。年配者でも派手なチェックのシャツを着て、英語まじりの会話をしていたようにである。

こうした歴史的な事実はもちろん変わりようがないが、その後町そのものは当然変わるし、歴史を保存、記録しておこうという動きも変わっていた。


民家をカナダミュージアムに

まず、存続が危ぶまれていた地元、三尾小学校は2008(平成20)年に廃校となっていた。また、南海バスが運営する「アメリカ村資料館(のちにアメリカ村カナダ資料館)」も、すでに閉館となっていた。

その一方で、アメリカ村で象徴的な、ブルーグレーの外壁の住宅が、さわやかな水色の「カナダミュージアム」に変身していた。この家は移民して戻った人が昭和8年ごろ建てたのが、その後三尾にルーツがあるカナダ生まれの野田秀さんが購入し暮らしていた。しかし、やがて空き家となり地元美浜町に寄贈され、2018年からNPO法人日ノ岬・アメリカ村の管理のもと、ミュージアムとカフェとして使われている。

かつての住宅を改装した「カナダミュージアム」

家は木造二階建てで、外壁は鎧下見板張り、屋根は寄棟形式の洋瓦葺き。部屋は洋室と和室が混在している。かわったところでは、地下室が設けられていて、トイレは腰掛式の便器が据えられている。

室内には三尾からの移民の歴史の展示や、移民した人がカナダから持ち帰った生活用具などが展示されている。1階にはカフェもあり、くつろぎながら移民の歴史に思いをはせることができる。ミュージアムの館長の三尾たかえさんは、「地域の歴史は、積極的に残そうとしないと残らない。三尾のカナダ移民の生き証人として、この建物は残しておく意義がある」と話す。

ミュージアム内のカフェ

32年前、私が三尾を訪れたとき、三尾にルーツをもちアメリカで暮らしているという日系人の夫妻が、娘夫婦と孫とともに3世代そろってアメリカから三尾に来ているところに出くわした。日本への思いの深いこの家族には、おそらくいまは4世が誕生していて、また三尾を訪ねているかもしれない。

事実、三尾には、いまもルーツ探しや訪問のためにカナダなどからやってくる人が続いているという。かつて小さな村から海外へと向かった人の流れは、やがて戻りアメリカ村をつくったが、その流れはいまもなお形を変えて続いているようだ。

(一部敬称略)

 

© 2023 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。

 

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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