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第15回(前編)二世が政治的活躍した日系市民協会

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前回は二世の入学した大学についてお伝えしたが、今回は二世が政治的活躍した日系市民協会についてお伝えしたい。

二世の成長と共に一世達は米国国籍を持つ二世達に政治的活躍を期待した。1921年9月に北米日本人会は日系市民協会設立総会を開き、日系市民の選挙権行使のできる男子17歳以上、女子25歳以上の13名が出席し、シアトル革新連盟を創立した。

このシアトル革新連盟がアメリカ全土の二世達にシアトルで会合を持つことを呼びかけ、1929年に全米組織として日系市民協会JACL(Japanese American Citizens League)が結成された。1930年にアメリカ各地の二世達がシアトルに集まり、第1回全米日系市民協会大会の開催に至った。


全米日系市民協会大会 

1934年の第3回大会、1938年の第5回大会の様子を掲載した記事1を見ることができた。

《第3回大会》

「全米市民協会第三回目の大会」(1934年7月12日号)

『北米時事』1934年7月12日

「8月31日から9月3日までサンフランシスコで第3回全米日系市民協会の連合大会が開催される。此経費1000ドル、協議事項としては二世を中心とした幾多の重要問題が挙げられて居り、各委員が夫々研究してゐる。有望化して来てゐる日本人在郷軍人市民権獲得運動に対しては尚一層全力を注ぐべく職業問題を始めとして市民権等に対して研究討議をなす筈」

「市民協会大会出席者を送る会」(1934年8月23日号)

「日系市協大会への出発の先発として、既に当地方から4代表(氏名掲載)は出発して居るが、最近日系の社会的進出は政治方面にも著しく、例えばその一例としては東洋人帰国軍人の市民権問題に関する活動、排日問題に関する運動、当地荒井君の政界への進出等手近い例も少なくない。

そこで彼等の大会へのかどでも相当意義があるものであるから、茲に大北、北米両新聞社はそれ等を送る会を玉壺軒で開くことゝなった。会費は50仙。後発の代表は野垣健雄、坂本好徳他7名(氏名掲載)」

上記の荒井成彌氏は同年8月25日号にシアトル市議の37区から立候補し、選挙戦に善戦している事を伝えている。又坂本好徳氏は文献によると、シアトル生まれの二世でJACL創立を全米各地に訴え、創立の立役者だった。1936年には第5代会長となった。

 「市民協会大会出席者を送る」(1934年8月25日号) 

「昨夕送別会が催され代表、有志多数の出席あり、先ず本社の有馬氏が開会の挨拶を述べ、食後高畠氏が代表一同を紹介し、次いで大北の川尻社長が送別の挨拶を述べた。代表者側から野垣健雄、坂本好徳両氏が第二世の使命を論じ、奥田平次氏の激励の辞あり歓を尽して散会したが、近年稀なる有意義の送別会であった」

《第5回大会》

「米国の社会に伸びゆく第二世」(1938年9月3日号) 

「第5回日系市民協会全米大会は昨2日ロサンゼルス・タイムス・オーデドリアムで開催され菅原君の司会でロサンゼルス市長、カリフォルニア州知事代理、ロサンゼルス支部長松本君等の歓迎の辞、全米協会長坂本君の謝辞があり、最後もユニオン・ターミナル会社のワルター・ノーグ氏が『二世の将来』として演説した。

『二世諸君は米国の社会生活に於て、正しき立場をとらねばならぬ。ロータリー・クラブなどの午餐会又は晩餐会に出席して米国人と交際し、婦人はブリッジ・パーティーや社交的集会に出席すべきである。必ず米国人は諸君を歓迎するであらう。私は出来るなら、諸君を連れて、全米を歴訪し日本人の子弟が如何に立派な市民として生成しつゝあるかを、知らせてやり度いと思ふ』と述べ二世を激励する處があった」


二世の投票権の権利行使問題

市民権を持った二世の多くが投票権の権利を行使しないという問題が起り、市民協会が先頭にたち、その解決を図った記事が見られた。

 「兎角(とにかく)冷淡な日系市民の登録」(1934年8月22日号)

「選挙人名簿登録締切も来る土曜日正午に迫ってゐるに同胞二世は頗る冷淡で当局の係も日本人は何故登録しないだろうとつぶやいてゐる。日系市民は日本に帰る時と、土地をリース時だけ市民権を行使するのが由で肝腎の選挙権を行使しない傾向がある。選挙人名簿にない市民は裁判所陪審官その他市民の権限は非常に狭めらるゝのである」

「二世有権者へ呼びかける立候補の人々」(1938年2月17日号)

「日系市民の有権者が毎年増加するので、政治的に彼等の立場を重要視され、立候補者が彼等日系市民に呼びかけて投票を獲得せんと奔走して居るが、市民協会ではこれを機会に日系市民の存在を明確ならしむるため明夕8時日商ホールに、市長候補ドーア氏、市議候補ボウエル夫人ら4、5名の候補者を招き、政見を聴く事になったが、彼等日系市民の政治的勢力を力強く印象せしめるため多数第一世の出席を切望して居る」

二世の投票権について北米時事社社長の有馬純義は自身のコラム「北米春秋」で次のように述べた。

「第二世投票権の行使」(1938年3月4日号)

「過般の市選挙に第二世日系市民はどの程度投票権を行使したか。その数は勿論判明せぬが余り多くないやうに思ふ。これでは困る。も少し考へて貰はねばならぬ。第二世の多くはまだ漸く丁年に達したものが多く従って政治に興味を持つことの薄いであらうことは察せられるが、も少し自分達の特殊な立場を理解せねばならぬ。自分達の特殊な立場を理解する時にその投票権の行使は重大な意義を持つのである。その貴重な投票権を捨てるとは即ち自分達の立場と任務を理解せぬと云ふことになる。(中略)

第一世が今日まで苦闘しつゝ唯一の慰めと希望としてきたものは第二世の市民権と云ふものであった。第二世がこれを行使し得るやうになったら自分等に対する帰化不能と云ふ烙印もやがて自然に消滅することになり、そこに日本人の米国に於ける正当な権利も認められるに至るであらうと期待し願ふところであった。(中略)その投票権の行使如何によっては第二世の地位その米人社会との関係はもっと密接に面してもっと向上されるに違ひないのである。(中略)

第二世がこの貴重なる権利の行使に冷淡でありながらダンスとかスケーティングとかその他の娯楽には常に熱心であると云ふ事実は我等の甚だ遺憾とするところだ。市民協会をはじめ第二世先輩諸君がこの方面の覚醒に努力されんことを希望せざるを得ない」

このような環境下で日系市民協会が早速、二世の投票権の行使推進活動に邁進していった。

「二世は登録して権利を行使せよ」(1940年2月5日号)

「市民協会では以前から第二世に登録を促して来たが、日米通商条約も失効となり、在米日本人の既得権を擁護するのは、第二世の投票権であるからこの際21歳から25歳は登録され度いと希望し野垣会長は左の如く語った。 

『21歳以上の第二世はシアトル市内に1200人以上、キング郡内2000人以上居る見込みだが、投票権を持つ者が割合に少ない。(中略)今度は第二世有権者名簿を作って問題が起ったら、それを持ち込んで政治家と交渉したい。』」

第13回でお伝えしたシアトル生まれの二世の1940年における21歳以上の人口予想は約1500人程度となる。

 「第二世の有権者登録一千を突破」(1940年2月13日号)

『北米時事』1940年2月13日

「有権者の登録は去る土曜日で締切となったが今年の1月から2月5日頃までは第二世の登録は僅か150名に過ぎず、日系市民協会で第二世の登録を促した処、最後の3日間に200名以上の登録者があり今年度の登録者は350人以上となった。以前に登録して居る者を加えると僅かに1000人以上となる。第二世の投票権は相当力あるものとなった」

「市選挙候補者を市民協会で招く」(1940年2月15日号)

「日系市民協会では明晩メーン街517番の新設ホールに市長、市議其他の立候補者を招き懇談会を催す事になったので第二世は会員か否かを問はず挙って出席され度いが父兄も第二世に出席を勧説され度いと希望して居る」

第15回(後編) >>

(*記事からの抜粋は、原文からの要約、旧字体から新字体への変更を含む)

注釈:

1.特別な記載がない限り、すべて『北米時事』からの引用。

 

*本稿は、『北米報知』に2022年7月3日に掲載されたものに加筆・修正を加えたものです。

 

© 2022 Ikuo Shinmasu

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このシリーズについて

北米報知財団とワシントン大学スザロ図書館による共同プロジェクトで行われた『北米時事』のオンライン・アーカイブから古記事を調査し、戦前のシアトル日系移民コミュニティーの歴史を探る連載。このシリーズの英語版は、『北米報知』とディスカバーニッケイとの共同発行記事になります。

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『北米時事』について 

鹿児島県出身の隈元清を発行人として、1902年9月1日創刊。最盛期にはポートランド、ロサンゼルス、サンフランシスコ、スポケーン、バンクーバー、東京に通信員を持ち、約9千部を日刊発行していた。日米開戦を受けて、当時の発行人だった有馬純雄がFBI検挙され、日系人強制収容が始まった1942年3月14日に廃刊。終戦後、本紙『北米報知』として再生した。

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執筆者について

山口県上関町出身。1974年に神戸所在の帝国酸素株式会社(現在の日本エア・リキード合同会社)に入社し、2015年定年退職。その後、日本大学通信教育部の史学専攻で祖父のシアトル移民について研究。卒業論文の一部を日英両言語で北米報知とディスカバーニッケイで「新舛與右衛門― 祖父が生きたシアトル」として連載した。神奈川県逗子市に妻、長男と暮らす。

(2021年8月 更新)

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