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ニキ・ナカヤマ:日系ロサンゼルス人がいかにして格調高い日本の懐石料理の世界を制覇したか

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ニキ・ナカヤマ(左)とキャロル・イイダ=ナカヤマ

ロサンゼルスでレストランn/nakaを手掛けるニキ・ナカヤマは、米国で最も有名な懐石料理人だ。2015年に配信された『シェフのテーブル』シーズン1で、彼女は、手袋を着けて大きなハサミを手に、鋭いとげに覆われたウニの殻を外科手術のように切り開き、からし色のウニの身の上にイクラを乗せ、一片の繊細な食用金箔とレッドソレルの葉を飾りつけた。ナカヤマシェフについては、彼女が2019年に二つ星を獲得した「ミシュランガイドロサンゼルス」でも紹介されている。

ニキ・ナカヤマが評論家から惜しみない称賛を浴びていることを考えると、かつて彼女がタコスやスパゲティ、好物のA1ソース添えステーキを食べて育った、典型的な南カリフォルニアの日系人ティーンエージャーだったことは想像しがたいかもしれない。ナカヤマと彼女の公私共のパートナー、キャロル・イイダ=ナカヤマは、ミシュラン二つ星獲得のお祝いにキッチンカーを呼んでタコスパーティを開き、スタッフを労った。

n/naka

ナカヤマシェフの出生地であるコリアタウンと家族と共に10代を過ごしたモントレー・パークは、パームスのオーバーランド通りにある世界的称賛を受けたモダン懐石レストラン、n/nakaから車ですぐのところにある。しかしナカヤマシェフにとって、サンガブリエル・バレー(訳注:モントレー・パークのあるロサンゼルス市の東に位置する地域)からロサンゼルスのウエストサイドまでの心と魂の旅は、計り知れないほど長いものであった。

ここまでの道のりには、いくつもの闘いがあった。厨房に立つ女性として尊敬を勝ち取る闘い、男性を評価し女性はその支えとなる役割を負うべきだと考える家族の中で自分を信じるための闘い、美しく小柄な女性が刺身包丁を扱えば彼女は正統な料理人ではないと決めつける社会との闘いだ。

今やベテラン料理長となったナカヤマシェフは、これまでの人生での困難な出来事を振り返り、ここまでの道のりは学びと成長の連続だったことを気づかされると言う。長年彼女を理解することのなかった家族は、ユニファイド・シーフード・カンパニーという水産会社を経営し、それを見てナカヤマシェフは育った。「やりたくないことをたくさんやらされました。販売も気が進まなかったし、毎日魚臭くなるのも嫌でした。その望みは叶いませんでしたが」とナカヤマシェフは素っ気なく言う。でも、「魚介類の品質の良さとは何か、どのような配慮が必要か、ということをすでに知っていた」というナカヤマは、それがいかに価値のあることなのか、今では認識していると言う。「当時は気がつきませんでしたが、いかにそれが教育的に重要だったか、今では分かります」。

ナカヤマシェフはまた、日系アメリカ人であることがどんなに幸運なことかも分かっていると言う。「二つの文化で育つことの最大の利点は、自分に一番馴染むものを選び取ることができることです。日本文化の一番良いところや共鳴する部分、あるいはアメリカ文化の最高の部分を取り入れるのです。どちらか一方に傾くのではなく、両方を組み合わせるということです。日本文化の素晴らしい部分は絶対に手放したくないと思うと同時に、アメリカ育ちであるということも絶対に手放したくありません」。

しかしナカヤマシェフは、これまでの人生で最も幸運な出来事は、厨房と人生両方のパートナー、キャロル・イイダ=ナカヤマとの出会いだと語る。二人の女性の背景はとてもよく似ている。二人とも日本からの移民の娘で、両家とも食品ビジネスに携わっていた。イイダの両親はかつてすし屋を営み、一時期イイダはパサデナでハイクキッチンというどんぶり料理専門のレストランを経営していた。

二人は、2012年の夏に付き合い始めた。その2か月後、ナカヤマの副料理長が突然仕事を辞め、彼女にはどうしても助けが必要になった。イイダは緊急の代役としてうってつけだったが、ナカヤマは、「一緒に働くことにはかなりためらい、緊張もしました。行き過ぎじゃないかと心配したんです。でも運よくうまくいきました」と語る。それ以来イイダは、厨房でもナカヤマのパートナーだ。

厨房での二人について、ナカヤマはこう語る。「キャロルは、私の方が創造力豊かだと感じていますが、私のアイデアは肥大化してほとんど実現不可能になることもあるので、キャロルがそれを抑制し、アイデアを実現する方法を考えてくれます。彼女には、次の段階までやり抜く能力があるんです。アイデアにばかり固執するのではなく、創造的なプロセスにさらなる深みを与えてくれます。これはいつだって私たちの強みです」。

二人は2015年に結婚した。「ともすると宇宙には計画があって、私たちがそれを受け入れたとき、物事は好転していくような気がしています。もちろん互いに殺してやりたいと思う瞬間がないと言えば嘘になりますが、結局のところ一緒に働いている人が、自分と同じくらい仕事を大切に考えているということは重要なことです」とナカヤマは言う。

1997年にパサデナの料理学校(Institute of Culinary Education)を卒業後、彼女はイズミダタカオ氏が経営するトリュフやキャビアなどの高級食材を扱うブレントウッドの高級すし店Takaoで短期間働いた。その年の後半には日本へ渡り、3年間の日本料理の修行のために遠縁が営む新潟県十日町の白川屋という旅館の厨房で働き始めた。

ロサンゼルスに帰国後、ナカヤマシェフは家族に促されてメルローズ通りにアザミスシカフェというすし屋を開店した。店を成功に導いたものの8年後には燃え尽き、すしの限界に失望していた。もっと広大な、創造的なキャンバスを求めていたのだ。2011年に立ち上げたn/nakaが、その焦燥感への答えだった。

最盛期の旬の食材を味わうのが懐石料理だ。食材の加工を最低限に抑え、素材の本質を引き出すのが料理人の腕の見せどころだ。n/nakaの接客係は、ここで体験するのはカリフォルニアの懐石料理であることを顧客に明確に伝え、シェフはできるだけ多くの食材を地元生産者から仕入れている。

例えば、n/nakaには日本料理には珍しい地元カリフォルニア産のバーミリオンロックフィッシュを使った料理がある。ナカヤマシェフはこの魚を幽庵漬け(しょうゆ、酒、みりん、ゆず果汁を合わせたつけ地に漬け込む)という日本の伝統的な方法で調理することで、旬や地域を表現し、新しい料理を生み出している。また、おなじみの有馬焼きの方法で魚を山椒に漬け、彼女が提携する菜食者(訳注:食べられる植物や菌類、ハーブ、根菜などを自然の中から収集する人)から入手したウサギタバコという地物のハーブで料理を仕上げることもある。「少しだけクミンやカレー粉と似ていて、とても独特なんです。備長炭を使った日本のやり方で魚を焼き、ウサギタバコと一緒に燻製にすると日本料理にはない味わいになります」。

こうした仕込みが、「地域や環境ならではの感覚を引き出すのです。日本のものではない食材を、極めて日本的なやり方で調理することは、文化を発見し、文化間を横断するとても素晴らしい方法になります」とナカヤマシェフは付け加えた。

n/nakaの代表的な料理には、他にもタラコとトリュフのアワビ添えスパゲッティーニや、アボカドソースとピーマン、ハラペーニョのジュレを添えたカンパチの刺身がある。ナカヤマシェフは、活け締めの技術を持ち、n/nakaの刺身コースに相応しい魚を選定し、提供することのできる地元の日系鮮魚店と提携している。

ナカヤマシェフの才能は、日本の技術と南カリフォルニアの食材を組み合わせ、完全に新しい独自の料理を作り出すことのできる直感的な能力だ。だが彼女は、シェフとしてのレベルを上げることを可能にした調理技術は、主に日本での過酷な見習い修行中に身に着けたと言う。その調理技術は、彼女が静かな決意をもって奮闘し、勝ち得たもうひとつの闘いだった。ナカヤマは、伝統的な日本料理の見習い修行のあり方には批判的であると同時に感謝もしているという。「女性的ではないと見なされている伝統技術を習得しようとする女性に対し、日本はあまり優しくありませんでした」と指摘する。

ナカヤマシェフが感謝の言葉を口にしたのは、私が料理界の男性優位社会でブロカルチャー(訳注:男性同士の絆が優先される文化)とどのように折り合いをつけてきたかと尋ねたときだった。彼女はこの質問に、日本での料理修行の話に戻る形で答えてくれた。「ある意味、日本の料理人の技術の教え方はかなり限定的だと感じます。でも、謙虚な気持ちにもさせられます。これは日本の料理人が伝えたいと考えていることのひとつです。つまり、ある程度の謙虚さですね。私は、『ベストキッド』の“ワックスオン、ワックスオフ”をバカにしているんです」。日本の料理人は、機械的な反復練習や教わるより見て学ぶことを強調することに加えて、「自分が一生懸命努力して学んだことを教える前に、教わる側が学びに対する献身や愛を証明する必要がある」と考えていると言う。

ナカヤマシェフは、自分に最初からその資格があるかのように、「あなたの仕事は、弟子である私に必要なすべてを教えることだ」などと欧米的な態度をとるのではなく、ある種理想的な「注意深さと愛をもって時間をかけて自分の力で学び、自分に教え込み、謙虚さを顧客に伝える覚悟を持った」日本人見習いになろうとしたという。ナカヤマシェフは、日本での修行を終えたとき、「私が本当に好きで尊敬できるものを選び、納得できるやり方を見つける」ことを決意した。彼女が学んだ前向きな教訓のひとつが、日本の伝統的なおもてなしの概念を取り入れることだった。

こうした文化的な違いから、彼女はミシュランガイドのような評価制度には葛藤も覚えるという。n/nakaをオープンした当時、「ロサンゼルスにはミシュランガイドがないことは知りつつも、いつか三つ星を獲得したいという気持ちもどこかにありました。それは単なる願望で、努力目標でした。当然どんな成功にも次へのプレッシャーがつきまといますが、私にとってそれは、成長し努力し続けるための燃料だといつも感じていました」。しかし彼女は、称賛のシンボルを追い求めることが、「努力することよりずっと重要になる」とき、“ベストリスト”の世界の一員でいることに「失望することもある」と言う。「そういう成功を重視するシェフには価値がないと言っているのではありません。私とは正反対だということです」。

ソーシャルメディアを使うプレッシャーも負担に感じると言う。「自分を偽っているかのように思えるんです。ゲームのような感じがして、そういうゲームは好きではありません。得意じゃないんです。社交の場での私はぎこちないし、手に余るように感じることもあります」。いつかミシュラン三つ星が獲得できれば最高だと言うが、「そういうことを気にしない人になりたいと思います。料理を作ることが本当に好きで、創造的な過程を愛しているからこそ、この仕事をしたいんです」と付け加えた。

かつて高校のコーラスグループでピアノとギターを弾き、歌い手でもあったナカヤマシェフは、真剣に音楽に取り組み、日本のポップミュージシャンの中森明菜を崇拝し、「それがいかに非現実的であるかに気づくまで」音楽の道に進むことを夢見ていた。シェフとして、音楽と料理にはたくさんの共通点があると言う。「新しいメニューを出すたびに新アルバムを世に出したような気持ちになります」と言いつつも、「料理の方がずっと明快だとは思いますが」と、料理の方がより分かりやすいコミュニケーション様式だと付け加えた。料理は、「愛情と配慮の表現であり、それを顧客に提供できるということが、私が仕事をする上での最大のモチベーションのひとつになっています」と語った。

現在ナカヤマシェフとイイダ-ナカヤマシェフは、ロサンゼルスを席巻する前途有望な日系アメリカ料理の波の一端を担っていると見られている。それは“ニッケイ”料理と呼ばれているが、私は南米のニッケイ料理と区別するためにあえて“日系アメリカ料理”と呼びたい。昨年二人は、期間限定で弁当を出し、4月にはロサンゼルス市ミッドシティのワシントン大通りにカジュアル居酒屋、n/sotoをオープンした。

ナカヤマシェフは、ニッケイコミュニティに仕えることが好きだ。「コミュニティの人々には、あらゆるニュアンスが理解できるからです」と言う。彼女自身もそのニュアンスと共に育ち、それがナカヤマシェフの表現の方向性となっている。「西洋人にはただの日本料理に見えるかもしれませんが、コミュニティの人々はどのように融合が生まれたのかを認識し、理解しています」。

ナカヤマシェフは、今後の活動についてこう語った。「ある程度の熟練の域に達することができるよう、引き続き技術を磨いていくと思います。私の学びたいことのリストは、既にやり方を知っていることのリストよりずっと長いんです」。こうしたコメントは、日本の生粋の職人気質の現われであり、彼女の次の言葉も然りだ。「新しいシーズンが始まるたびに、ゼロから出発しているような、仕事のやり方を一から学んでいるような気持ちになります」。

 

© 2022 Nancy Matsumoto

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執筆者について

ナンシー・マツモトは、アグロエコロジー(生態学的農業)、飲食、アート、日本文化や日系米国文化を専門とするフリーランスライター・編集者。『ウォール・ストリート・ジャーナル』、『タイム』、『ピープル』、『グローブ・アンド・メール』、NPR(米国公共ラジオ放送)のブログ『ザ・ソルト』、『TheAtlantic.com』、Denshoによるオンライン『Encyclopedia of the Japanese American Incarceration』などに寄稿している。2022年5月に著書『Exploring the World of Japanese Craft Sake: Rice, Water, Earth』が刊行された。祖母の短歌集の英訳版、『By the Shore of Lake Michigan』がUCLAのアジア系アメリカ研究出版から刊行予定。ツイッターインスタグラム: @nancymatsumoto

(2022年8月 更新)

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