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米日両国にアイデンティティー ~加州下院議員のアル・村土さん~

昭和の人間

加州議会唯一の日系議員として知られ、教育、クリーンエネルギー、日米関係に力を入れて取り組むアル・村土さん。北米沖縄県人会で「私の故郷は沖縄。クバサキ・ハイスクール(米軍基地キャンプ・フォスター内の高校)が母校です」と挨拶しているのを聞いたことがあったが、「ルーツは岐阜県」とも言っていた。米軍基地で育ったということは、つまり日系人である親が米軍勤務なのだろうと想像はついていたが、実際にどのようなバックグラウンドを持つ人物なのか、興味を持っていた。そして、ついに彼のこれまでの道のりを聞く機会を得た。ここでは、「アル・村土とは何者なのか」について紹介したい。

アルさんの父親、村土二郎氏はいわゆる「帰米二世」。1907年に移民としてアメリカに渡った祖父の村土源次郎氏は、日米を往復後に37年に岐阜県郡上八幡に家族を連れて戻った。そして、亡くなるまで郡上八幡で過ごしたそうだ。

アメリカ生まれで幼少期に日本に帰国し、日本で教育を受けた父の次郎氏は、義父の短大時代にアルさんの母親、暢子さんと出会った後、米国国防省に入省した。アルさんは父親の任地先の沖縄で生まれたというわけだ。

「私の家では、日本語と英語の両方の言語が飛び交っていました。日本復帰前の沖縄に育った私は、単に日本語と英語の両方を話していたというだけでなく、日本とアメリカの二つの国で育っているように感じていました。また、72年に沖縄が日本に返還された後は、基地の外に出ると、そこはまぎれもない日本でした」。

沖縄の本土返還時を振り返る話沖縄の出身者たちが今も語る「返還された翌日、車が突然、右側通行から左側通行に変わったことが衝撃的だった」という光景を、アルさんもまた目撃していたのかもしれない。

そして、彼に親近感を持ったのが次のくだりだ。「私はまたアメリカと日本の両方のテレビ番組を見て育ったために、日本文化の強烈な洗礼を受け、部屋には山口百恵のポスターを貼っていましたし、野球では『東京ジャイアンツ』のファンでした。そう、私は昭和の人間なんです」。

イノウエ議員の声がけで

ハイスクールを卒業後は、アメリカに帰国し、カリフォルニア大学バークレー校に入学した。その間の1年間、国際基督教大学(ICU)で交換留学生として過ごした。彼は大学でもアメリカと日本の両方の環境を経験したことになる。

また、バークレーでアジア系アメリカ人の文化と歴史に関する講義を受け、中でもアジア系アメリカ人の公民権運動について知ったことが、最初にして最大の大きな転機になったとアルさんは振り返る。

「そのクラスの講師に、オークランドにあるAsian Law Caucus(アジア系アメリカ移民を法律面で援助する団体)に所属していた弁護士がいたことで、私はそこでインターンとして働き始めたのです。私はそのようにして、日経アメリカ人の強制収容補償運動を含む、公民権運動に携わっていた多くのアジア系弁護士と出会い、大いに刺激を受けることになりました。そして、私自身も公民権に携わる弁護士を志望するようになったのです」。

次の転機は、検察官を経て2005年に政界に進出したことだ。アルさんは、日系アメリカ人の後継者を育成しようと尽力していたダニエル・イノウエ上院議員と、全米日系人博物館(JANM)の創設館長だった夫人のアイリーン・ヒラノ・イノウエさんから声がかかり、「より多くの日系アメリカ人が政治にかかわれば、国自体はもちろん、私たちのコミュニティーをより良くすることにつながる」という話を聞き、大きなインパクトを社会に生み出したいと、政界への転身を決心した。

最初はロサンゼルス郊外のトーランス学校区の教育委員会の委員に選出され、12年にカリフォルニア州議会に出馬し、下院議員に当選を果たした。


加州の教育の未来を担う

大学時代にアジア系アメリカ人の権利に目覚め、その後、日系アメリカ人として自ら政界に身を投じたアルさんが今、政治家として力を入れて取り組んでいることは、日米関係、教育、気候変動問題だ。

「日系アメリカ人と日本人の橋渡しについては、常に意識しています。なぜなら、私がそのはざまの産物であり、私は多くの日系アメリカ人よりも日本文化に親しみを感じて育ち、日本語を話します。私のアイデンティティーは日本とアメリカの両国にあるのです。

現在は、カリフォルニア州と日本の関係強化を推進するという使命を担い、加州議員で構成される公式カリフォルニア州訪日視察団の実現に取り組んでいます。統治ロサンゼルス郡のシリコンビーチと北カリフォルニアのシリコンバレーに焦点を当て、クリーンエネルギー、気候変動、経済改革の分野における日米間の交流を目指します」。

教育委員会出身のアルさんが今後特に焦点を当てたいと語るのが、カリフォルニア州の教育問題であり、2023年10月時点、彼は議会の教育委員会の委員長という責任ある職務を担っている。「委員会では600万人におよぶ州内の公立校の児童生徒に影響を与える政策を策定しており、私は過去10年間で州の教育資金を倍増させるという取り組みに関与してきました」。

こうして、サクラメントと地元のロサンゼルス郊外のサウスベイを往復する多忙な日々を過ごしているアルさんに、最後、「忙しすぎて家族との時間が不足しているのは?」と聞くと、彼は夫人の博子さんへの感謝を口にした。

「私が二重生活を送っているため、妻の博子は自身のキャリアを犠牲にして私の活動のサポートと娘の子育てで非常に忙しく過ごしています。日本では国際教育の専門家であった博子が、現在、私や家族のために尽力してくれていることには感謝しています」。

左が妻の樋口博子さん

日本で育ったアルさんだからこそ、日本のことを理解することができるように、身近な人への感謝を素直に口にできる人だからこそ、カリフォルニアの人々の幸せ、特に将来を担う子どもたちに大きく影響する教育環境の改善に力が尽くせるに違いない。何より日米関係をより良くするキーパーソンとして、アル・村土議員の今後ますますの活躍を願う。

 

アル・村土さんの公式ウェブサイト:https://a66.asmdc.org

 

© 2023 Keiko Fukuda

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