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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2023/12/20/chanceu/

留学、永住権当選、米大学卒業、日本で就職 — ハワイ在住のユーチューバー、ちゃんすうさん

パイロット目指し渡米

ユーチューバーとしてハワイの情報を発信し続けている「ちゃんすう」さんの動画はずっと見ていたが、突然、真価を見せつけられたのが、彼が被災地、マウイ島の現状をレポートしたエピソード。ちゃんすうさんは、壊滅的な被害を受けたラハイナ以外で観光客を受け入れられるエリアについて紹介した後、全焼した寺の住職にインタビュー。収入の多くを観光資源から得ているマウイ島の力になりたいという彼の真摯な気持ちが、動画から伝わってきた。しかも、単なる「マウイを応援したい」という気持ちだけでなく、視聴者に向けて「オアフ島からくるなら日帰りでも十分楽しめる」と、実践的な情報を発信している点でも好感度が高かった。

彼は毎回、動画の冒頭でキャッチフレーズのように「ハワイに住む日本人、ちゃんすうです」と自己紹介している。では、なぜ彼はハワイに住むことになったのか、ハワイに行く前は日本にいたのか、それとも別のアメリカの都市にいたのか、アメリカ以外の国にいたのか、好奇心に駆られて過去動画を改めて見直すと、彼が三重県出身であり、当初、パイロットを目指すためにロサンゼルス郊外オレンジ・カウンティーのカレッジに留学したことなどが分かった。さらに、彼は私自身が30年以上前に籍を置いていた、日本の情報出版社の元社員でもあった。勝手に親近感を感じた私が取材を申し込むと、ちゃんすうさんは快諾、オンライン取材が実現した。

まずは渡米の経緯について。

「高校の頃、パイロットになりたいと思って、日本国内の学校を調べたりしたのですが、最終的には英語を学ぶ必要がありました。それなら最初から海外に行った方がいいと思い調べたところ、日本の私立大で学ぶよりもアメリカで航空学を学んだ方が経済的だし、英語の点でも有利だと、アメリカ留学を決めたのです。でも、三重県の鈴鹿から名古屋でも東京でもなく、ひとっとびにアメリカに行こうとしたので、高校の進路指導の先生も事情が分からず全く情報をくれなかったんです。それはそうですよね(笑)。結局、日本人の数が多すぎるという点は気になりましたが、オレンジ・カウンティーのサイプレス・カレッジに留学しました」。


永住権当選と進路変更

高校を卒業してすぐの渡米、しかも当初は英語にも慣れず、アパート探しをはじめ全てのことに苦労し、「地獄のようだった」と振り返るちゃんすうさん。それでも、「頼れる人もそんなにいなかったし、とにかく自分で解決するしかありませんでした。うまくいかないから(日本に)帰ったとしても、帰って何をするのか、という思いがありました。だから耐え忍ぶしかないという気持ちでしたね」と、困難な時期を乗り越えようとしていた時、母親と一緒に応募した永住権の抽選プログラムに当選という吉報が舞い込んだ。

「留学した次の年の5月でした。その前に、事業用のパイロットライセンスを取得するのに必要な身体検査に合格しなかったんです。それがめちゃくちゃショックで、どん底に落ち込んでしまいました。でも、永住権に当選したことで、アメリカの大学の学費も安くなるし、いったん体制を立て直そうと、休学して日本に帰ったんです。1年間日本で過ごして、またカレッジに戻った際はパイロットから方向転換し、会計や経済のクラスが面白くなったこともあり、4年制大学に編入した時は経済学を専攻しました。編入した大学はカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)です」。

UCSD卒業後は、永住権を持っていることからアメリカでの就職も当然選択肢の中にあった。しかし、そこで彼は日本の新卒制度の恩典を享受しようと、日本の会社への就職を決めた。「エントリーレベルの仕事にどうやって就くかと考えた時に、(経験者重視のアメリカよりも)、新卒制度というシステムは非常に有利だなと魅力的に思えたからです」。

日本で就職した情報出版社では、「上司にも同僚にも、また環境にも恵まれ、自分の成長を実感できた3年間でした」と語るちゃんすうさんだが、彼の日本でのサラリーマン生活はその3年間で幕を下ろした。原因はコロナによるアメリカ政府機関のロックダウンだ。どういうことだろうか。

「永住権保持者としてアメリカを離れる場合は、2年間有効な再入国許可証を取得して国外に出ます。その更新の手続きをした直後にロックダウンになり、普通なら申請後スムーズに進むはずの動きが停まってしまいました。その後、アメリカ政府からは『再入国許可証の更新は不可能』と言われてしまい、このまま永住権を放棄するか、それとも日本でのキャリアを手離して永住権を優先させるかの二択を迫られたのです」。


アメリカは「自己責任」の国

米本土を経て、就職で日本に帰国した後、現在はハワイでユーチューバーとして活動するちゃんすうさん。

今、ハワイに住んでいることからも結果が推測できるように、彼は永住権を選んだ。社外の友人からは「キャリアを捨てるのはもったいない」とも言われたそうだが、「そもそも自分が人と違う選択肢を選んできたのだから、自分の状況を理解してもらうことが難しいのは当然なのです。人からどう言われるかよりも、自分が後悔しない方を選択しました」とちゃんすうさんは断言する。その表情から、絶対に今も後悔などしていないことがよく理解できる。

そして、日本を離れ、母親が移住していたハワイに渡ったちゃんすうさんは、1年半ほど前からユーチューバーとしての活動を開始した。「いずれはビジネスを立ち上げたいとずっと思っていたので、まずは自分を知ってもらい信頼を得るためにユーチューブを始めました。そして、開始1年半で登録者3万人を達成。これは目標通りです。まさに僕が勤めていた会社で学んだ『目標を決めて、宣言し、それに向かって取り組む』という方式なのです」。

では次の目標は?「3年後には、ハワイで一番有名な日本人になるのが目標です。それと並行して、起業に向けても事業プランを作成したり、投資家の方と面談したりと着々と準備を進めています」。

最後にアメリカで自分のどのような部分が変わったかを聞くと、「自分で考えて、自分で行動し、その結果として現れる良いことも悪いことも、すべて自己責任だということを、より強く感じるようになりましたね」と答えた。確かに、1人で留学を決めたのを皮切りに、彼には「自己責任」というスタンスが非常にしっくりくる。今後もちゃんすうさんは、「ハワイで一番有名な日本人」になり、「活躍する起業家」になっていくために、時に立ち止まることがあるかもしれないが、それでも確実に前進していくはずだ。

*ちゃんすうさんのYouTubeチャンネル:@chance.u-world

 

© 2023 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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