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『破られた約束』― 日系カナダ人史に関する日本巡回展示が産んだ旧移民村同士の交流 ― その1

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『破られた約束』展、滋賀県平和祈念館(撮影筆者)

2023年11月1日から2024年2月25日まで、滋賀県の東近江市にある滋賀県平和祈念館で、日系カナダ人の太平洋戦争中の強制移動と財産没収に関する展示『破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人』が開催された。バンクーバーのカナダ日系博物館で制作され、カナダ各地を巡回したこの展示が日本でも開催されたことは、カナダの日系人研究と日本の移民研究を結びつけただけでなく、日本国内でも移民に関わるさまざまな地域間の新たなつながりを生み出している。


日本の移民史にとって記念すべき一日

2023年11月18日は日本の移民史にとって記念すべき日となった。戦前期に日本からカナダに最も多くの移民を送り出したのは滋賀県、その次に多かったのは和歌山県であったが、この二つの県の旧移民村の関係者たちが東近江市にある滋賀県平和祈念館に集まり、交流したのだ。

参加者の集合写真。(撮影者不明)

今回の交流は、カナダで2020年に公開された日系カナダ人の太平洋戦争中の強制移動と財産没収に関する博物館展示『Broken Promises』の日本巡回展『破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人』の開催をきっかけとして実現した。太平洋戦争中にカナダ西海岸に住んでいた日系人は海岸から100マイル地域の外へと強制移住させられたが、その時に西海岸に残した財産をカナダ政府が所有者の同意なく全て二束三文で売却し、さらに売却益から強制移住にかかった費用や収容所での生活費を差し引いて、所有者にごく少額の小切手を送ったのだ。この政策で日系人は、戦前に何十年も必死に働き、苦労して築いた財産を全て失った。

『Broken Promises』の展示は、そのなかの7家族の物語を、戦前の生活、戦中の移動と収容体験、財産の売却を決めた政府の政策立案過程、財産の売却に抗議する日系人の政府宛の手紙、この人種差別政策が世代を超えて家族に遺した影響などについて、カナダで行われた日系カナダ人財産没収に関する共同研究「Landscapes of Injustice」の研究結果に基づいて、バンクーバーにあるカナダ日系ミュージアムがまとめたものである。

日本巡回展示『破られた約束』(実行委員会:和泉真澄、河原典史、河上幸子)では、日本の研究チームが英仏二言語で作られたカナダの展示のフランス語のスペースに日本語をはめ、さらに日本側の学芸員や移民当事者などからも協力を得て、ご当地である滋賀や和歌山に残されている資料や情報を加えることにより、来館者がさらに興味を持てるような工夫を加えている。

ご当地展示物としての彦根高等女学校バンクーバー支部だより(撮影松宮哲)

巡回展は滋賀県平和祈念館(2023年11月1日〜2024年2月25日)を皮切りに、和歌山県美浜町三尾のカナダ・ミュージアム(2024年4月1日〜6月30日)、同志社大学ハリス理化学館同志社ギャラリー(2024年11月下旬〜12月下旬)、JICA横浜海外移住資料館(2025年、時期は未定)と、各地で開催される予定だ。

滋賀県内においても多くの滋賀県人が戦前にカナダにわたっていたことはあまり知られていないので、この展示を通じて滋賀と海外との深いつながりが広く知られることはとても意義深いことだ。また、和歌山県はここ数年の間に移民県としての歴史を積極的に打ち出してさまざまな企画を行なってきた。特に、バンクーバーの南の郊外のスティーブストンという町と「太平洋を跨いだ一つの村」といっても過言ではないほどつながりの深かった美浜町三尾地区は、「アメリカ村」として知られ、移民母村としての歴史を前面に出して地方創生に取り組んでいる。

今回の交流は、カナダ・ミュージアムの関係者、三尾で郷土の移民史を学ぶ中・高校生のグループ「語り部ジュニア」、そして彼らを指導する先生方が、現在の彦根市や米原市磯地区に住むカナダ移民の子孫たちと初めて語り合い、それぞれの先祖や地域史の掘り起こし活動について情報交換する機会となった。

11月18日のランチミーティング(撮影松宮哲)


研究・調査が遅れた日本人移民史と太平洋戦争の記憶

今回の交流の意義を理解してもらうために、日本における移民史の現状や、日本や北米での戦争と記憶の関係について、もう少し説明したい。会場となった滋賀県平和祈念館は、県内に残された戦争関連の資料や戦争の記憶を次の世代へと継承していくために、2012年に開館した県立の博物館だ。

滋賀県平和祈念館学芸員で展示を担当した田井中洋介さん。 左は三尾たかえさん(撮影筆者)

しかし、祈念館の構想自体はそれを30年近く遡る1984年頃から始まり、1993年には戦争体験者からの資料や情報収集への努力が始まった。太平洋戦争を記憶している最も若い人々の年齢は当時すでに50歳を超えており、2023年には80歳を超えた。30年間に集められた資料や聞き取った記憶は、戦争に関連する事実を後世に残すために極めて貴重なものだ。平和祈念館は県民の戦争記憶を保存し、それを常設展、企画展、平和教養講座を通じて訪れる人と共有する重要な役割を果たしている。

記憶の継承という点から見れば、日本からの移民の歴史もまた時間との戦いである。日本人移民の歴史はハワイへの本格的な出稼ぎが始まった1880年代から太平洋戦争終結までで一つの区切りがある。戦後にブラジルやドミニカ共和国などへの政府主導の移民政策はあったが、日本の経済成長とともに国外に労働に出る人々は減った。その後も日本の企業などから派遣されて多くの人が海外で働いたが、彼らが「移民」としてのアイデンティティを持つことはなく、日本の国籍を離脱したり、移住先の国籍を取得したりする人はわずかだ。

さらには、戦前の日本人の海外体験の圧倒的多数は満州や朝鮮半島など日本の植民地へ移動した人たちによるもので、彼らの体験は敗戦の記憶と切っても切り離せない。これらのことが、戦後日本において移民の歴史が国民の集合的記憶から消去されることにつながった。移民であったことを自ら語ったり、帰国した移民経験者の次の世代がそのルーツに関心を持ったりしにくい状況が、戦後の日本で培われたのだ。このトラウマが解消されたのはごく最近のことだ。

一方、カナダやアメリカなど、太平洋戦争で敵国となった地域に住んでいた日本人移民・日系人は、戦時強制移動・収容という苦難を経験した。日系人コミュニティはこの経験を通じて、「ジャパニーズであること」をトラウマと感じつつ戦後を生きることになった。北米日系人はそれぞれの国でアメリカ人、カナダ人として主流社会に溶け込むよう努力を重ね、その過程で多くの人々が日本語や日本文化、そして先祖の地とのつながりを失った。

近年では、カナダやアメリカで民族的多様性が両国家の豊かさと結びつけられるようになり、先祖に関する研究(ジネアロジー)やルーツ・ツーリズムなど、祖先の越境の歴史を辿ることがブームとなっている。そんななか、日系人のなかにも先祖の地を訪れたいと希望する人が急速に増えているのだ。

海外移住者に関わる日本での研究は1990年代まで「移民研究」と認識されることはなく、学術界を超えた一般社会で日本人移民や日系人に関する関心が広がるのは、さらに遅れて21世紀に入ってからだ。そして、北米で1970年代以降大きく発展したエスニック・スタディーズは長い間、それぞれの国への移民たちの主流社会への統合を主たるテーマとし、移民の出身国の状況まで視野に入れた研究は、やはり「トランスナショナル・ターン(越境的研究への転換)」が起こった1990年代を待たなければならなかった。

日系移民の研究に関しても、カナダやアメリカで行なわれていた移民研究やエスニック・スタディーズが日本で行われていた出移民研究と結びつくようになったのは、かなり最近の現象である。こうした事情により、日本の移民経験者に関する調査は細々としか進まなかったのだ。

今や、戦争体験者と同じように移民体験者もまた高齢化が急速に進んでおり、移民関連の資料の発掘と保存、体験者への聞き取りなどは年を追うごとに難しさを増している。このようなこれまでの移民史の動向に鑑みても、この巡回展示はカナダと日本の研究を結びつけただけでなく、日本国内の旧移民輩出地の人々のつながりを築いた歴史的な瞬間だった。

その2では、『破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人』の展示に合わせて平和祈念館で行われている平和教養講座での公開講演について解説する。

 

© 2024 Masumi Izumi

執筆者について

泉ますみ氏は京都の同志社大学グローバル地域研究科の北米研究教授。日系アメリカ人と日系カナダ人の歴史家で、戦時中の強制収容と強制収容、および強制収容後のコミュニティ形成活動について多くの著作がある。日本人ディアスポラの研究を通じて、ますみ氏は「市民権」や「ナショナリズム」といった概念をトランスナショナルな観点から再解釈しようとしている。著書に『アメリカの強制収容所法の興亡:強制収容からマッカーシズム、そして過激な1960年代までの市民的自由に関する議論』 (テンプル大学出版、2019年)がある。CHOICE、2020年優秀学術論文。ペーパーバックで入手可能。彼女はまた、帰米二世柔道の達人である龍生井上辰雄が書いた秘密の獄中日記である『トゥーリー湖監獄日記』を翻訳し、UCLA須山プロジェクトのウェブサイトで閲覧可能。真澄は2024年4月から同志社大学国際アメリカ研究所所長を務めている。

2024年6月更新

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