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ラテンアメリカにおける日系人の政治活動 ― その2

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今年6月、愛知県立大学で開催されたラテンアメリカ学会1で、上智大学大学院の長村裕佳子会員は、「ブラジル軍事政権下における日系政治家のボジショナリティーとキャリア戦略」について興味深い発表を行った2。その発表によると、戦後、ブラジルでは日系人の地位向上や社会進出を公約に掲げる日系二世や三世の政界進出が相次ぎ、日系有権者が多い地方の選挙区では日系人だけの票で当選する候補者もいたという。しかし、州や連邦レベルになると、非日系有権者の票を獲得しないことには当選できず、再選には知名度と実績が求められるため、日系候補者も幅広い層から支持を得ることが重要になる。そのため、日系候補者は、しだいに日系コミュニティだけではなくブラジルのために政治に関わっていることを強くアピールするようになったという。

事実、1970年代頃は、当時の年配の一世や二世が支持する日系候補者が当選していたが、1980年代になると、必ずしも日系社会の意向を反映した日系候補者が当選するとは限らなくなった。これは、若い世代が自分の考えや思想、もっと進歩的な政党や団体を支持するようになったからで、立候補する日系人は、地元社会や州民が共有できるような公約を掲げなければ、当選できなくなった。

当然といえば当然なのだが、狭い日系社会にいると日系人候補者が当選すると自動的に日系コミュニティーに恩恵が巡ってくると勘違いする日系指導者もいるようだが、そのようなことはない。むしろ、日系政治家の登場はその社会をもっと豊かにする、絶好のチャンスなであり、日系政治家らは、日系社会だけでなくマイノリティの代表としてその社会全体の代弁者になることが求められているようだ3

ブラジル、ペルー、アルゼンチンの日系社会は100年以上の歴史を持っている。現役世代は、すでに戦後移住の子弟三世から四世に移りはじめており、以前のようなしがらみは余りない。そのため、近年の傾向を見ると、個別目的意識の強い若い世代の日系人らは、与野党を問わず自らの目的を代弁するような活動(地方自体による清掃活動や公園整備など)など、身近なところから政治活動に参加することが多い。もちろん、国政選挙では、主流政党での活動に参加したほうが、当選後いいポストを授かる可能性も高いのだが、中南米ではどの業界にいても政治と関わることは可能である。

ブラジルでは日系人が軍警察の副総司令官に任命され、ペルーやパラグアイでも、高いポストについている日系将校がいる。メキシコやボリビアにも日系人政治家はいるが、国内の政情ゆえに政界で活動を続けるのは困難である。

また、社会の人口構成や移民に対する寛容さも相まって、今の時代日系人が何らかの形で社会的・政治的活動に参加することは以前とは比較にならないほど容易になってきている。アルゼンチンの場合、パラグアイやボリビアの日本人移民の子弟が地方自治の政治職や公職に就いており、国籍が問題になることはほとんどない。最近は、非政府組織NGOの社会活動や市町村の政治に関わる隣国からの日系人も増えており、専門性が高く国際的な経験を持っているものは、国籍にかかわらず中央官庁から声がかかることもある。

さらに以前は与党寄りの日系人が多かったようだが、今ではその傾向はない。各国における政党そのものへの信頼と機能が揺らいでいる中、市民活動や政治家のスタッフとして政界入りを果たすことも可能である。実際、大統領や大臣の補佐官、特別アドバイサーという立場でも立派な政治活動ができる。南米のもろさ、怖さ、卑劣さを知っている先輩日系二世は、日系人は根回しや利害調整がうまいので、表に出ないことでもっとも力を発揮できるのではないかと言っていたことを記憶している。政界で日系人に最も向いているのは、参謀や副のポストなのかもしれない。

政治は根回しや調整が不可欠であるため、人脈や人徳が重要視される。不正と汚職が蔓延している南米では日系人のバリューである控えめさが逆に不利になることもある。しかし、礼儀正しさや勤勉さ、まじめさだけで政治はできない。司法にいても、検察官や判事として、大きな事件に関わることになると政治との関わりを避けることができず、そうした意味では、アメリカ合衆国で活躍してきた日系政治家とは異なる社会環境がある。ラテンアメリカでは一時的にヒーロー扱いをされても、一つの出来事がきっかけで理不尽かつ根拠のない扱いで裏切り者または無能の烙印を押されることがよくある。三権分立や諸制度に問題がありすぎるので、どのような状態でも政治はかなりダーティーになってしまうリスクがある4。しかし、日系人政治家には、日系人としてのバリューを維持しながら政界で活躍してもらいたい。

冒頭で触れたラ米学会での長村の研究発表によると、ブラジルをはじめとする他のラテンアメリカ諸国でも今後与野党を問わず、様々な分野で日系人が政治に関わる可能性はでてくるだろうという。各分野ですでに行政官として活躍している日系人は多数いるので、いずれは彼らの中からあまり機能していない既存の政党とは別の形で政界入りする人が出てくることを期待する。

注釈:

1. 日本ラテンアメリカ学会 第39回定期大会  

2. 「人文研勉強会=長村裕佳子さんが研究発表=政治と邦字紙の関係語る」(ニッケイ新聞、2015年6月20日)

3. 世界最大の日系社会があるブラジルの日系人人口は180万人で、ブラジルの総人口2.1億人の0.8%にしか満たない。とはいえ、外面的に目立つ存在であるため、常に謙虚にその社会のために貢献していることを社会に示す必要がある。

4. 中南米では、大統領は離任後、起訴されたり、有罪が確定して収監されるケースが多い。ブラジルのルラ大統領がその一例だ。また、現在アルゼンチンのキルチネル・フェルナンデス前大統領に対する横領・収賄の容疑が固まってきている。専門家の試算によると、12年間にわたるフェルナンデス政権の間に約7兆円以上の公金が横領され、賄賂として大統領をはじめその側近に配られたという。司法は、大統領が中心となって収賄行為を行っていたと考えている。

Carlos Pagni “Lula y Cristina: Brasil y la Argentina se miran como en un espejo. Los dos asisten a un escandaloso espectáculo de corrupción asociado a esos gobiernos”, El País (29 de agosto de 2018).

Lucía Salinas, “Cuadernos de las coimas: Claudio Bonadio ya tiene listo el pedido de desafuero y detención de Cristina Kirchner”, Clarín (14 de septiembre de 2018)

 

© 2018 Alberto J. Matsumoto

ブラジル 政府 日系 ペルー 政治家 政治 政治家(statesmen) アメリカ合衆国
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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