最近、日本のいくつかの活字メディアやブログ等でこの国の貧困問題について特集が掲載されている1。専門家の分析や、支援団体や研究グループ等が集計したデータを見ると、日本での相対的貧困率すなわち一人当たりの所得の中央値の半分以下の人の割合が6人に1人で、貧困率は16.1%である。OECD加盟国30ヶ国の貧困率を比べると、メキシコが20%、トルコが19%、アメリカ合衆国が17.4%とあり、日本は第4位と高い貧困率を示している(2012年統計2。)
厚生労働省の調査では、貧困ラインを単身者の手取り所得が122万円、2人世帯で173万円、3人で211万円と定めており、これ以下の相対的貧困者の多くはここ十数年前から増えている非正規労働者によるものだという(相対的貧困者の38%、約2千万人が非正規雇用の状態にある)。また、子どもの貧困率も約16%と推移しているという。大人が一人である母子家庭の場合、相対的貧困率は50%になっている。高齢者の場合は20%という高い水準(イギリスやドイツは10%で、アメリカが23%)を示しており、近年、「下流老人3」という表現がでてきている。
若者の貧困は、非正規雇用からだけくるものではなく、大学を卒業し社会人になっても5年から10年は給与の一部を借金の返済に充てなければならないからである。スキルも低く正規社員になれないと、ほぼ半永久的に低所得の層に属することになる。
最新の統計によると、貧困ライン以下の収入しかなく公的助成を受けている生活保護世帯は163万世帯で216万人が受給している。そのうち、半数を占める80万世帯が高齢者で、高齢単身世帯の状況はかなり厳しい4。所得格差の指標でもあるジニ係数でも、日本はOECD平均より高く10位、0.36という数値を示している(2013年)。このような数字をみると、日本の貧困率や格差問題は欧州の主要国より悪く、アメリカより少しましだということになる。
しかし、相対的貧困率から見る日本の貧困率には疑問をいだいている。筆者は日本国内で外国人が居住している団地や地域を仕事やプライベートで訪れることが多い。また、自分が生まれ育ったアルゼンチンだけではなく、北米、スペインやフランス、そして中南米諸国を訪れる機会も多く、可能な限りその国の移民居住地や都市郊外を意図的に見学するようにしている。単純な比較はできないが、日本の格差がそれほどひどく、貧しい人が最低限の生活さえもできず、若者や高齢者、一人親、外国人労働者の多くがホームレスになっているかのような偏った主張には、どうも違和感を感じざるを得ない。
南米での貧富の格差は想像を絶するものであり、絶対的貧困下(一日1ドル以下で生活すること5)にある人がかなりいる。その結果、住まいや通学・通勤ルート、買い物するショッピングモールや学校までが異なり、治安が悪いところでは外国の外交官や大企業の駐在員はガードマン付きの車で送り迎えを余儀なくされる。日本にも、もちろんのこと、超高価な幼稚園、学童保育、私立学校、高層マンション、別荘や会員制クラブ等はあるが、富裕層の住まい環境が完全に隔離されて重武装した警備員がいるところはない。スペインやフランスを訪れたとき、私は南米系の移民が多い居住地区を訪れたが、区域によっては絶対にその地区の駅で下車してはならないところもある。南米では、更に危険度は高く外国人観光客が楽しんでいる繁華街から一歩入ってしまうといつ襲われてもおかしくない状況で、背筋が寒くなるような殺気を感じるところもある。それだけ、格差による社会的摩擦と対立がすごいのである。
絶対的貧困の数値だけでは各国の貧困状況は理解しにくい。貧困状況は、平均所得や格差を表すジニ係数、物価指数、インフレ率、平均寿命、乳児死亡率、識字率、中学・高校の未就学率と未修学率、労働生産性、産業構造、失業率、ブラック労働率、犯罪率(一般犯罪と麻薬犯罪闘争等)、等々を鑑みながら比較しなければならない。たとえ日本の相対的貧困率が高くても、日本の貧困率がイタリアやスペインより実際に高いとは到底想像しにくい6。特に日本という社会は高い修学率と社会保険加入率、整ったインフラとすばらしい公民精神という他にはない特徴があり、他国特に南米諸国と同じように比較することが難しいのかも知れない。
南米系の外国人が住む公営団地を訪れると、そこには貧しい高齢者やシングルマザーの日本人が多い。しかし、筆者が南米等でみてきた貧困とは異なっている。外国人たちも、手頃な賃貸で住みやすいし貯金できるからそうした団地を選択している。また、そうした外国人なしには自治会も、団地の最低限の行事も成り立たなくなっていることも忘れてはならない。
先行研究はあまりないが、2008年のリーマンショック直後にいくつかの外国人貧困問題の調査が行われた7。それを見ると、経済危機による派遣切りや賃金引き下げなどによって貧困状況が深刻化していることが強調されている。また、ペルー人やブラジル人は非嫡出子の比率が30%を超えているため、シングルマザーとしての生活の苦難が指摘されている。その分生活保護受給者も増えている。しかし、学習支援や様々なサポートが提供されているので、約12万人のブラジル人が本国に帰国したが、多くの外国人は日本に留まった。これらの調査の推計では、南米系やフィリピン国籍の相対的貧困率は日本人の倍ぐらいになるという。そのうえ、正社員契約で中小企業や請負会社に勤務しているため、基本的に賃金もそう高くない。しかし、この状況は来日から続いているもので今後そう大きく改善するとは思えないし、彼らもこの現実を受け止めている。
逆説的にいうと、リーマンショック後の厚労省外国人雇用対策課8が進めてきた日系就労者就労準備研修事業やその拡大版である外国人就労・定着支援研修9、及び労働者派遣法改正等によって、不安定雇用ながらも直接雇用とそれに伴う社会保険(厚生年金と健康保険)や労働保険(雇用保険と労災保険)への加入率は増えている10。職安や労政事務所、労働基準監督署での多言語相談窓口も以前より充実している。南米の日系就労者に関しては、定住化が進んでいることもあって年金加入への意識も高く、賃金が上がらなくともできるだけ定着率を高まるために日本語研修や技能研修を最大限に活用している。生活保護の世話になっている者の中にはやむを得なくそうなったものもいるが、中には借金を抱えすぎたり計画的な人生設計をしてこなかったケースも多々ある。自己破産を一つの債務処理手段としてみており、それを社会的に恥ずかしいと思っていない人の方が多い。
途上国や新興国から来ている外国人は、少しでも希望のある未来を求めて日本にやってくる。確かに、日本でもグローバル化の影響で格差は多少拡大しているし、非正規雇用もかなり増えており、少子高齢化社会という構造的な歪みの中では多くの矛盾や課題に直面している11。ただ、これだけインフラや教育の機会、社会統合のためのサポート体制が整ってる社会は、南米や東南アジアにはない。格差、貧困といっても、多くの定住外国人からみると出身国のとは比べものにならない低い水準であり、むしろ日本は多くの可能性がある社会である。非正規雇用でも、仕事があることに意義があるし、スキルが低い多くの外国人労働者にとってそうした仕事でもこれだけインフラが整っていれば本国にいたときよりかなりいい生活と教育を子供たちに与えることができる。
すべての労働者を正社員化することや、完全な格差是正というのあり得ないことであり、そうした現実を踏まえて生活をすれば日本はかなり住み心地のいい社会である。定住外国人は、そうした前提にもとづいてこの社会での生活を選んでいるのである。
注釈:
1. 「子どもの貧困 地域実態に即した対策を」(西日本新聞、2016.02.24)
連載・特集「子どもに明日を」(西日本新聞)
「貧困と生活保護(1)90年代後半から日本は変わった」(yomiDr.、2015.06.19)
中島、西澤等、特集「貧困の罠」(週刊東洋経済、2015.04.11, 38-81頁)
2. 「平成25年 国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省、2013年)*2012年のデータ
3. 藤田孝典、『下流老人:一億総老後崩壊の衝撃』、朝日新書、2015年。
著書の帯には、年収400万円でも将来、生活保護レベルの暮らしに!?、というインパクトのある表現を用いている。13万部のベストセラーになっている。
4. 2015年12月の統計で、2016.03.02に厚生労働省が発表したものである。
「生活保護163万4185世帯=昨年12月、最多を更新-厚労省」(時事ドットコム、2016.03.02)
5. 世界には、そのような最低限の生活もできない人が13億人おり、2ドル以下の含めると30数億人になる。世界の半分が、そのような貧しさにある。
6. ジニ係数も、世界銀行の指標をみるかぎり日本は25、でも例えばアルゼンチンのは44、メキシコ48、チリ52、ブラジル55のを比べれば倍以上の差もありそれだけ南米の格差が大きいのである。また貧困率も、全世帯の所得の大きさを5階級もしくは10階級で測るかによって、最富裕層と最貧困層との所得比率がかなり異なる。
7. 大曲由起子、高谷幸、樋口直人、鍛冶到、稲葉奈々子、「『移住者と貧困』をめぐるアドボカシー」、『多言語多文化—実践と研究』Vol.4、2012.12
宮島喬、「外国人の子どもにみる三重の剥奪状態」、『大原社会問題研究雑誌』Nº657、2013.07
8. 「外国人雇用対策」(厚生労働省外国人雇用対策課)
9. JICE日本国際協力センターが、この事業を実際実施している。(「事業概要」)
10. 「外国人雇用状況報告 記者発表(H5~H18)」(厚生労働省)
11. 厚生労働省の所得配分調査や、国税庁の民間給与実態統計調査をみても、格差が拡大したと言っても給与所得からみると800万円以上の人が3%前後だし、1千万から1,500万円が4%ぐらいでそれ以上は1%ぐらいである。確かに、高所得者向けのタワーマンション等の建設も増えたが、全体からみてもその比率は低く、そうした住宅を購入して世帯もローン漬けになっている。また、日本の場合、所得税や相続税等で、その格差をかなり是正している側面もある。南米諸国では、相続税はほとんどなく、所得税や法人税でも脱税率が半分にも及んでいる。
© 2016 Alberto J. Matsumoto