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シュモーハウス、広島のための家プロジェクト、グランドオープニングセレモニー - 広島、日本


公開: 2012年11月27日 Modified: 2025年4月11日

シュモーハウス、広島市中区。広島平和記念資料館付属の展示施設。広島市は2012年9月5日、広島平和記念資料館の分館であるシュモーハウス(中区江波二本松)を平和記念資料館付属の展示施設にすることを決定した。この建物はもともと、特別名誉市民のフロイド・シュモー(1895-2001)が率いるボランティアによって被爆者のために建てられたものである。2012年11月1日にオープンし、戦後復興の広島を支援した外国人と日本人ボランティアを紹介している。グランドオープニング式典では、60年以上前に原爆投下後に広島を訪れ家を建てたシアトルのボランティアのグループを記念した。シュモーハウスは1951年に床面積55平方メートルの木造平屋として建てられた。フロイド・シュモー、マルセル・ジュノー博士らの功績をたたえる写真パネルなどが展示されている。東京と広島から多くの若い日本人ボランティアがこのプロジェクトに参加した。広島滞在中、ボランティアたちはメソジスト派の牧師、谷本清牧師が率いる教会で生活した。シュモー・ハウスは、米国で寄付されたお金で1949年から1953年にかけて被爆者のための家や集会所としてボランティアたちが建てた21軒のうち、唯一現存する家である。核攻撃を受けたもう一つの都市、長崎にも家が建てられた。ブルックス・アンドリュース牧師によると、彼の父親は1951年か1952年に長崎の活動を手伝うために日本に戻ったという。フロイド・シュモーは、1949年に初めて広島を訪れ、被爆者のための家を建てた。その際、4人からなる代表団の一員として同行した。代表団には、シアトル日系バプテスト教会の長年の牧師であるエメリー・アンドリュース牧師と、今もシアトルに住むデイジー・ティブス・ドーソン女史が含まれていた。代表団の4人目はルース・ジェンキンス女史だった。ヨシュ・ナカガワとエメリー・アンドリュース牧師の息子、ブルックス・アンドリュース牧師(シアトル日系バプテスト教会の暫定主任牧師)は、シュモー・ハウスのオープニングに出席するためにシアトルから広島までやって来た。オープニングには、シュモーの家族、ナカガワ氏とアンドリュース牧師の友人、そして多くの日系アメリカ人も出席した。

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