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日系(ニッケイ)—をめぐって

第44回 あらゆる苦難を受け入れ—小説『暗愁』の世界

異色の“日系文学”

日系アメリカ人あるいはカナダ人の2世、3世の作家にとって、国家による日系人収容政策など太平洋戦争がもたらした日系人の悲劇は、主要なテーマとして作品化されている。ジョン・オカダの『ノーノー・ボーイ』をはじめ、ジョイ・コガワの『失われた祖国(Obasan)』、ジュリー・オオツカの『天皇が神だったころ』などがその例だ。

とくに収容所に関連するものは「収容所文学」とも呼ばれてきたが、こうした文学作品のなかには、尊厳を奪われた者として、いわば被害者の立場から人種的な差別や偏見への闘いという、社会的なメッセージを強く印象づける作品も少なくない。

この点からすると、このほど日本で翻訳が出版された、日系アメリカ人3世ジュリエット・S・コーノによる『暗愁』(前田一平訳、あけび書房)は、太平洋戦争のなかの日系アメリカ人2世の人生を描きながらも異色の作品といえるだろう。一夜にして10万人が犠牲になった東京大空襲、そして14万と推計される死者を出した広島の原爆投下。差別や妬み、いじめ、裏切り、貧困。過酷な現実を生き抜く主人公の人生がつづられながらも、社会的、政治的なメッセージはすぐには聞こえてこない。

原題は「Anshu: Dark Sorrow」。あまり馴染みのない言葉だが、「暗愁」は、この作品のテーマともいえる。「暗愁」とは、手元の辞書によれば「暗い影を帯びた愁い」(大辞林)とある。物語は、全編を通して低く立ち込める暗い雲に覆われている。それは、戦争という暗い時代を覆う愁いであると同時に、また、人の心のなかに住みつく愁いでもある。

戦況も深まり、東京大空襲で焼け出された主人公のヒミコと伯父の一家は、京都の寺に一時身を寄せる。そこの僧侶、ハラ法師との会話のなかで「暗愁」について語られる。ハラ法師が言う。

「……日本は真に『闇の谷』に入り込んだのです。私たちにとって今や『悲しみ』の時——すなわち、暗愁の時なのです」(中略)

これに対して、空襲で逃げ惑うさなか、自分を敵対視してきた従妹のサーちゃんを死に至らしめた責任を感じるヒミコは、別の意味で暗愁をとらえる。

——暗愁。暗愁。私はつぶやいた。ハラ法師は戦争のことを言うけれど、私は何かもっと個人的なことに引きつけていた。あまりにも深く悲しい何か。私が他者に、特にサーちゃんに働いたすべての所業に対して抱く思い。暗愁は私のもの、私の在りよう、私の心を蝕む者に対する悲しみと罪の意識。私はその何かに呼称を見いだしたのだった。——

京都での一時滞在のあと、ヒミコたちは、伯父の故郷の広島に移り、そこでも寺に身を寄せ、今度はセキ住職に親切にしてもらう。物語には、僧侶との会話をはじめ、無常や無と言った仏教的な物の見方が根底にあるような表現が随所にあらわれるが、主人公の心は、こうした仏教(浄土真宗)の教えと絡みながら、動き、成長していく。


ハワイ—東京—京都—広島

物語の舞台は、戦前のハワイのさとうきび畑で働く日本人のコミュニティーからはじまり、同じく戦前の東京の下町へ。そして京都、広島へと移っていく。

ハワイに移民した貧しい日本人家庭の次女として生まれ育ったヒミコは、若くして身ごもったことで、日本のいる伯父の一家に預けられる。決して歓迎されることのない苦しい暮らしのなかでなんとか出産すると、今度は空襲で焼け出され東京から逃れるようにして京都を経て広島へ。そこでも被爆し一命はとりとめるが、この間、多くの近しい人間が亡くなっていく。

日米間の戦争は、日本にルーツがあり見た目は日本人でもハワイ生まれのアメリカ人であるヒミコの心に複雑な影を落とす。日本からもアメリカからも結果として痛めつけられるのだが、最終的に他者に対する怒りは見られない。

被爆し酷く傷ついたのちに、他者の役に立つことの充足感すら覚える。終戦後、広島にアメリカの医師らが訪れ、治療という名の下に被爆者を原爆被害の生身の標本のように扱われることを理解しながらも、ヒミコは傷ついた体を差し出す。

自らの過去の行為への悔いも含めすべてを受け入れることで、心も体も逆に自由になると、悟りの境地に達した感すらうかがえる。この点は浄土真宗の教えと繋がっているのだろう。


翻訳者の努力が実る

著者のジュリエット・S・コーノ氏は、詩人であり小説家。1943年ハワイのハワイ島ヒロで生まれ育った日系アメリカ人3世だ。ハワイ大学マノア校を卒業、同大学院修士課程を修了する。大学在学中にハワイ文芸誌Bamboo Ridgeの文芸運動に参加。詩人として執筆活動を続け、詩集『Hilo Rains』(1988年)や『Tsunami Years』(1995年)を出版。2010年に出版された『Anshu: Dark Sorrow』は長編小説としては最初の作品。これまでハワイ文学賞(2006年)など様々な賞を受賞。ホノルル在住で浄土真宗の僧侶でもある。

翻訳者の前田一平氏は、アメリカ文学の研究家で、これまでに戦時中の日系アメリカ人の歴史を背景にしたアメリカでのベストセラー小説『あの日、パナマホテルで』(ジェイミー・フォード著、集英社)の翻訳を手がけている。1953年に高知県中村市(現在の四万十市)で生まれ、広島大学大学院博士課程を修了。セントラル・ワシントン大学客員教授、ワシントン大学客員研究員で、鳴門教育大学の名誉教授でもある。著書に『若きヘミングウェイ 生と性との模索』(南雲堂)、監修・共著書に『ヘミングウェイ批評 三〇年の航跡』(小鳥遊書房)などがある。

本書では、東京大空襲や広島の原爆投下による街や人々の惨状についても克明に描かれている。また、原爆投下から1ヵ月余りのちに広島地方を襲った枕崎台風とその被害の実態についても触れている。訳者の前田氏によれば、著者はリサーチと執筆に10年をかけたという。

10年ということで言えば、前田氏が原書を手にしてから、日本語での出版にこぎつけるまでも10年を要したという。確かな出版社のあてがあったわけでもないなか、翻訳にとりかかり、完成後にようやく出版社を探し出し、日本語版『暗愁』は生れた。その経緯や本書の意義などについては、次回、前田氏へのインタビューで紹介したい。

※(著者、訳者については本書巻末のプロフィールを参考)

 

© 2024 Ryusuke Kawai

Anshu (book) Hawaii hibakusha Ippei Maeda Japanese translations Juliet S. Kono literature

About this series

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。