Stuff contributed by ryusukekawai

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第23回 再びアメリカへ

Ryusuke Kawai

1952年11月に広島で開かれた世界連邦アジア会議の事務局長を務め、日本国連協会広島県本部事務局長の職にあった加藤新一は、日本での平和運動の職を捨て、1953年4月再びアメリカに渡った。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第22回 広島で平和運動に取り組むが…

Ryusuke Kawai

知事に請われて県広報委員長にも

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第21回 力量を発揮するも退社へ

Ryusuke Kawai


一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第20回 アメリカ撮影の映像の中に

Ryusuke Kawai

原爆投下からひと月ほどして加藤新一は、広島を訪れた赤十字駐日首席代表のマルセル・ジュノー博士の通訳兼案内を担った。そして11月1日付で政治部長に就任、翌46年2月には、社長交代にともなう中国新聞社の社内体制の刷新によって、編集局次長になった。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第19回 被爆直後の中国新聞と加藤

Ryusuke Kawai

原爆による広島の街と人の惨状を目にしたこと、そして弟と妹を原爆で失ったことは、のちに加藤新一が平和運動に邁進する原点であった。

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第18回 原爆の日を駆け回る

Ryusuke Kawai

1945年8月6日、中国新聞の報道部長だった加藤新一は通勤途中、西広島駅近くにいて原爆の閃光を見て、すぐさま市内の中国新聞本社へ向かった。その時見たもの感じたことなどを記録、26年後の1971年に自ら発行人となった「平和競存の創造」のなかで「原爆地獄を往く 一老記者のピカドン体験記」として発表した。以下、その体験記を紹介しよう。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第17回 広島はアメリカ2世の郷里だから?

Ryusuke Kawai

日米開戦から8ヵ月余の1942年8月20日、日米交換船で日本へ戻った加藤新一は、郷里の広島市で中国新聞の記者となった。いつからどのような経緯で就職したかはわからないが、アメリカでの邦字新聞の記者としての経験がものを言ったのだろう。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第16回 抑留され、交換船で帰国

Ryusuke Kawai

日米開戦となってから、日系新聞の編集長という日系コミュニティーの指導的な立場のひとりとして、自身の身に起ったことについて、加藤新一は詳しく記録に残していない。ただ、「日米開戦でモンタナミゾラ抑留所に監禁され、同年六月紐育から第一次交換船で帰国」(「米國日系人百年史」)とあるだけだ。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第15回 米國産業日報の編集長となるが……

Ryusuke Kawai

前回、加藤新一が記者として所属していたロサンゼルスの日系新聞「羅府日米」をめぐるスト問題について簡単に触れたが、加藤が編集した「米國日系人百年史」のなかの「米国日系人の刊行物」のなかに、この点について詳しく書かれている。

一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第14回 日系新聞の記者となる

Ryusuke Kawai

中部カリフォルニアで父を手伝い農業に従事した加藤は、父が日本に戻るとひとりロサンゼルス近郊のパサデナに出て造園業をつく。しかし、まもなく日系新聞の記者となった。ジャーナリズムに長年携わる彼の原点である。

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About

日本のジャーナリスト、ノンフィクションライター。
ジョン・オカダの小説「No-No Boy」を読んだのがきっかけで、日本人移民、日系人について興味をもつ。もっと日系アメリカ人のみなさんに日本に来てほしいと願っています。 

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