Yuko Konno

亜細亜大学国際関係学部多文化コミュニケーション学科講師。南カリフォルニア大学から歴史学の修士及び博士号を取得。専門はアジア系アメリカ人史で、特に北米の日本人移民史を研究している。著書として、2012年ルーシー・チェン賞を受賞した Amerasia Journal 掲載のエッセイ "Localism and Japanese Emigration at the Turn of the Twentieth Century" などがある。

(2021年6月 更新)

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書評:和泉真澄『日系カナダ人の移動と運動―知られざる日本人の越境生活史』

2014年公開の日本映画『バンクーバーの朝日』は、第二次世界大戦前に実在した伝説の日系カナダ人野球チーム「朝日」の活躍を描いた作品である。新進気鋭の若手監督と豪華キャストを揃えたエンターテイメント性の高い同作品は、史実とフィクションを巧みに織り交ぜつつ、戦前のバンクーバー日系コミュニティの諸相や白人社会からの差別の有様を21世紀の現代に生きる観客にもわかりやすく伝えている。

日系カナダ人・日系アメリカ人の歴史を専門とする和泉真澄による本書『日系カナダ人の移動と運動』は、最新の研究動向を踏まえ、史料を批判的に検証した極めて学術性の高い1冊でありながらも、随所に書き方の工夫が見られ、カナダの歴史に精通していないような読者でも日系カナダ人史やコミュニティが抱える問題の複雑性が容易に把握できるようになっている。その意味では、本書も映画と同様の役割を果たしていると言えるかもしれない。

2020年に上梓された本書は、上記「朝日」にまつわる近年の越境的な人の交流も題材として取り扱うが、特定テーマに焦点を当てたモノグラフではなく、140年に渡るカナダ日本人移民・日系人の歩みを通史として描いた歴史書である。日本人研究者による日系カナダ人の通史的な著作としては、第二次世界大戦後の「再定住」までを扱った新保満による日系カナダ人社会史『石をもて追わるるごとく』(1975年)や、政府文書を駆使し日加外交の視点からも移民史を捉えた飯野正子の『日系カナダ人の歴史』(1997年)、戦前の移住や共同体形成を詳述した佐々木敏二の『日本人カナダ移民史』(1999年)がよく知られているが、本書は2000年代以降の新たな学術的潮流も念頭に置きつつ、独自の切り口で日系カナダ人史の「通説」に再解釈を施している点がユニークだ。つまり、先行研究が網羅しきれなかった時代について単純に事実関係を更新しているだけの歴史書ではない、ということである。

キーワードとなるのは、「移動」と「運動」という2種類のムーブメントである。全10章から成る本書は、19世紀後半から日加間を行き来した人々の「移動」を話題の中心とする章と、異なる世代や地域の日系カナダ人が衝突や相互理解を繰り返しながら権利獲得のため「運動」を展開してゆく様を描いた章とで構成されるが、同じ章で2つのテーマを同時に扱うこともある。

「移動」については、移民の動きを一方向的な受入国への定住に帰結する物語として描くのではなく、越境移住回路を通した人の還流として見る視点が適用され、具体的事例とともに説得力を持って「移動」の織り成す共同体の変容が描かれる。「運動」については、日系人が先導した、戦時中の不公正に対する補償を求めたリドレス運動や、重大な人権侵害を阻止するための法改正運動、また異なる世代間をつなぎ、日系人としてのエスニック・アイデンティティを再興させる契機となった芸術運動など、当事者の主体性に光が当てられ、単純に国家の暴力による被害者や犠牲者として日系カナダ人を捉えることは避けられている。

さらに、本書が学術的な見地から特に際立っている2点を挙げてみたい。まず、上でも述べた通り、本書は先行研究の批評や史料の読み直しを通じ、「通説」を覆す新しい視角を提供していることである。たとえば、1907年に中国人街・日本人街が襲撃されたバンクーバー暴動を、アジア系移民の増加に対する偶発的な反応ではなく、諸条件が絡み合って必然的に発生した環太平洋的国際移動のターニング・ポイントと捉え直している。このような太平洋を越えた広角的な視点からローカルな事象を把捉するには、丹念な史料の読み込みや、労働力の移動における共時的・国際的動向の確かな理解が必要になるのである。

本書が斬新である理由の2点目は、戦前に移住した日本人移民やその子孫の歴史からは切り離されて語られる傾向の強い「新一世」の歴史を日系カナダ人通史に取り入れ、世代・移動年代・言語・国籍・地域・階層の異なる「ジャパニーズ」の経験をつなげる運動や共同体形成の様相を詳述していることである。戦後移民と既存の日系社会は断絶されていたり、関係性が希薄であったりすることが多いが、本書では1970年代以降渡加した新一世が、異なる世代の日系カナダ人を結びつけ、コミュニティの歴史保存に大きな役割を果たしたことが述べられている。

むろん日本人移民・日系カナダ人の経験が第二次世界大戦を境目に重大な変化を遂げたことに議論の余地はないが、戦前史と戦後史を完全に分断して語ることは、必ずしもエスニック・コミュニティとしての在り方を正確に描いていることにはならない。たとえ戦後移民と既存の日系社会のつながりが表面上は可視化されにくかったとしても、著者が着目したように1960年代後半以降の「グローバルな批判的若者文化の広がり」(172ページ)といった文脈等を考慮すると、新たな関係性の構築やコミュニティ内部の多様化・複雑化といった現象を浮き彫りにさせることができるはずだ。

ここまで主に本書の学術的な面について述べてきたが、この本を魅力的な1冊にしている最大の原因は、小難しい議論や学説の展開ではなく、専門家でなくとも理解しやすい明快かつ平易な文章によるきめの細かい説明であろう。各章が個人の具体的なエピソードによって始まり、テーマに自然と関心が引き寄せられるような書き方になっている。章によって政治史、社会史、文学など、異なる学問領域の知見が活かされており、多角的な視野を得ることができる。日系カナダ人史に大きな影響を与えたアメリカの事例や動向に関する記述も豊富であり、読者は両者の連関についてのみならず、アメリカとカナダの国家や法制度における共通点や相違点についても深く知ることができる。話題によっては事実関係を把握するのにやや労力の必要な章もあるが、章末に便利なまとめが付されており、読者の理解を確実に助けるであろう。

本書は一般読者や初学者から専門家まで、多くの人に推奨したい1冊である。本書評でその魅力が十分に伝わったかはいささか疑問に思うところではあるが、「和歌山県三尾村の漁民が鮭の豊漁シーズンに合わせてスティーブストンとの間を行き来した」「日本移民百年祭の準備を通じ日系人の若者がTシャツに書かれた“Japanese Canadian”のロゴに誇りを持つようになった」「バンクーバー朝日の選手の子孫同士が日加交流の野球試合を行った」など、具体的な事例やエピソードの豊富さ、面白さは格別である。本書の提供するストーリーの強さは、読者を日本人移民・日系カナダ人の世界に引きつけて止まないであろう。

和泉真澄『日系カナダ人の移動と運動―知られざる日本人の越境生活史』小鳥遊書房、2020年

 

*本書は、International Council of Canadian Studies (ICCS)によるPierre Savard賞「英語フランス語以外の言葉で書かれた著作部門」、受賞作品です。

 

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