Descubra Nikkei

https://www.discovernikkei.org/pt/journal/series/nihon-no-kyouiku/

Educação japonesa através do oceano


18 de Setembro de 2008 - 30 de Agosto de 2011

Segunda coluna Descubra Nikkei de Yukio Negawa, da Universidade de Brasília. Como exemplo da expansão ultramarina da "cultura japonesa", particularmente na América Central e do Sul, este livro relata o fluxo e a realidade da cultura educacional japonesa no Brasil, que tem a maior comunidade nipo-americana do mundo, desde o período pré-guerra. e períodos de meio da guerra até o presente.



Stories from this series

第10回 北パラナ地方(1)

9 de Dezembro de 2009 • Sachio Negawa

周知のように、ブラジルは世界最大の日系コミュニティを有し、その人口は約150万人とされる。日系人口はいくつかの地域に集中しているが、もっとも人口が多いのはサンパウロ州で、それに次ぐのが南隣のパラナ州である1 。同州内でも「北パラナ」と呼ばれる北西部に、日系人口が集中している。現在、ブラジルの「日本文化」プレゼンスで、もっとも熱いと言われるのが、この北パラナであり、ロンドリーナ(Londrina 人口約50万)、マリンガ(Maringá 人口約35万)という中核…

第9回 レジストロの場合

5 de Novembro de 2009 • Sachio Negawa

サンパウロ州レジストロは、サンパウロ市から南西に約200キロ。パラナ州の州都クリチバに向かう国道116号線の半ばに位置する。大西洋に注ぐリベイラ川が大きく湾曲する地点で、川岸から西に向かって市街地が広がっている。 ここは、ブラジルでもっとも古い日系植民地の一つが開かれた地域である。1910年代初め東京シンジケート代表青柳郁太郎(1867-1943)らがこの地域の州有地を無償提供され、総称して「イグアペ植民地」と呼ばれるレジストロ、桂、セッテ・バーラス、キロンボなどの植民地を…

第8回 子どもと教員の生活世界(2)

1 de Outubro de 2009 • Sachio Negawa

サンパウロ市在住のYT氏(1933年生まれ)は、日系二世の建築家で、筆者の大切な友人の一人だ。外国語教育が禁止された時期に幼少期を送った人だが、日伯両語のバイリンガルで、氏とお話する時はいつも日本語である。そんな氏とある日、戦中期の教育の話をしていて、ふと「Yさんは教育勅語なんて習ったんですか?」と聞いてみたところ、「全部言ってみましょうか」と言って、「チンオモウフニ、ワガコウソコウソウ、クニヲハジムルコトコウエンニ、トクヲタツルコト、シンコウナリ…」とやりは…

第7回 子どもと教員の生活世界(1)

3 de Setembro de 2009 • Sachio Negawa

バイリンガル教育の効能が喧伝される昨今、思い至るのは1930年代のブラジル日系児童・生徒たちの言語生活である。当時の多くの日系の子どもたちは、午前中はポルトガル語でブラジル正課の授業を受け、午後からは日本人学校に通う(あるいはその逆)というバイリンガル生活を送っていた。同じ校舎で、半日はポルトガル語、あとの半日は日本語という学校も少なくなかった(写真7-1)。 RY氏はサンパウロ州アリアンサ出身の日系二世。見事な日伯語のバイリンガルで、1930年代の子どもの頃に歌ったとい…

第6回 女子教育(2)

6 de Agosto de 2009 • Sachio Negawa

前回は、戦前のブラジルにおける日系女子教育の開花について述べた(本連載第5回参照)。こうした女子教育機関の教育内容として特筆されるのは、知識・教養の教授とともに、日系女子としてのしつけ、礼儀作法の教育が重視された点であろう(写真6-1)。日伯実科女学校の創立者郷原ますえもサンパウロ女学院創立者の赤間みちへも、ブラジルで発行されたいくつかの著書があり、礼儀作法についてそれぞれ健筆をふるっている。 たとえば、筆者の手元にある郷原の著書『生活の知恵―礼法―』は、1959年に日伯…

第5回 女子教育(1)

7 de Maio de 2009 • Sachio Negawa

戦前から戦後にかけて、ブラジルの日系コミュニティには、「花嫁学校」と呼ばれる女子教育機関が存在した。それらは、移民の子女に裁縫や料理などの 技能を教授し、日本人女性らしい良妻賢母型のしつけを施す学校施設であったが、後には日本の女学校課程に準ずる高等女学部やポルトガル語部を併設し、総合 学園的な教育機関として発展したものもあった。 中でも、日伯実科女学校、サンパウロ女学院、サンタセシリア割烹学校の三つは、「三大花嫁学校」と呼ばれ、日系コミュニティ内では抜きん出たステー タスを…

Estamos procurando histórias como a sua! Envie o seu artigo, ensaio, narrativa, ou poema para que sejam adicionados ao nosso arquivo contendo histórias nikkeis de todo o mundo. Mais informações
Novo Design do Site Venha dar uma olhada nas novas e empolgantes mudanças no Descubra Nikkei. Veja o que há de novo e o que estará disponível em breve! Mais informações
Author in This Series

Sachio Negawa é professor-assistente dos departamentos de Tradução e Línguas Estrangeiras da Universidade de Brasília. Mora no Brasil desde 1996. É especialista em História da Imigração e Estudos Comparativos entre Culturas. Tem-se dedicado com afinco ao estudo das instituições de ensino nas comunidades japonesa e asiática em geral.

Atualizado em março de 2007