ディスカバー・ニッケイ

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ハワイへ再移住 (英語)

(英語) 私は熊本で生まれました。日本で生まれたのは8人兄弟姉妹の中で私だけです。私が生まれて3ヶ月後、父は子供たちを育て教育するのにハワイのような(良い)環境が(熊本には)ないと思ったようです。子供たち自身もハワイのライフスタイルを恋しがっていたようですしね。また父は(ハワイから)帰国した時たくさんのお金を持ち帰ってきたので、親戚がいつも父にお金を借りていたんです。だから、父はお金がなくなる前にハワイに帰ったほうがいいと思ったんでしょう。

私の(ハワイの)生活はちょっと変わったスタートでしたね。私達は古い砂糖会社の日本人キャンプと呼ばれるCamp Oneに落ち着きました。家は砂糖精製所のすぐそばで、プランテーションが生活の中心だったんです。全ての作業がそこで行なわれました。だから、労働者たちが家のすぐ前や裏にある未舗装の道を歩いていくのを毎朝見ていました。職種によって労働者の服の種類が違うことになんとなく気付いていましたね。


家族 ハワイ 移住 (immigration) 移住 (migration) アメリカ合衆国

日付: 2004年2月19日

場所: 米国、ハワイ州

インタビュアー: リサ・イタガキ、クリッシー・キム

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

バーバラ・カワカミ氏は1921年熊本県に生まれました。彼女の家は封建時代からの農家で、そこで350年余りの歴史を持つ旧家でした。ハワイのオワフ島にあるオワフ砂糖農園で育った彼女は、仕立て屋・家政婦として働いていました。しかし、50歳を過ぎた頃、高校進学を決意し、その後テキスタイル・アンド・クロージング(繊維・衣服)の理学士号(BS)とアジア学の文学修士号(MA)を取得しました。カワカミ氏は日本人移民の衣料を専門とするストーリー・テラーであり、学者でもあります。(2004年2月19日)

レイコ・T・サカタ

親の結婚

(1939年生まれ) 戦時中に家族とともに自発的にユタ州ソルトレイクシティに移住した実業家。