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『破られた約束』— 日系カナダ人史に関する日本巡回展示が産んだ旧移民村同士の交流 — その2

滋賀県からの出移民分布図を確認する磯の郷土史クラブ関係者(撮影筆者)

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2023年11月1日から2024年2月25日まで、滋賀県の東近江市にある滋賀県平和祈念館で、日系カナダ人の太平洋戦争中の強制移動と財産没収に関する展示『破られた約束-太平洋戦争下の日系カナダ人』が開催された。

この展示に合わせて、11月18日には和歌山県日高郡美浜町三尾からカナダ移民の子孫や郷土の移民史を学ぶ若者グループ「語り部ジュニア」の関係者たちが、滋賀県内から参集したカナダ移民の子孫や県の移民史を発掘するグループとの交流を果たした。日本からカナダへ最も多く移民を送った滋賀県と二番目に多く送った和歌山県の移民母村同士の交流が移民研究者も交えて日本で行われたのは、おそらく初めてのことだろう。前回に続き、この日に行われたイベントの内容をこの節では解説する。


滋賀県と和歌山県の郷土移民史保存活動家同士の出会い

松宮哲さん(左)と三尾たかえさん(右)(撮影筆者)

今回の交流イベントで、とりわけ印象に残ったのは、彦根市の開出今町で日系カナダ移民史を熱心に調べている郷土史家の松宮哲氏と、三尾のカナダ・ミュージアム館長の三尾たかえ氏の出会いであった。

松宮氏の祖父、松宮外次郎はバンクーバーの日本町「パウエル街」で大きな雑貨店を経営し、二世の野球チーム「バンクーバー朝日」を経済的に支えた滋賀県移民の成功者であった。1914年に結成された「バンクーバー朝日」はパウエル街の日系少年たちのスポーツ活動の一つとして始まったが、やがて多くの白人ファンを有し、ブリティッシュ・コロンビア州で最も人気のある球団へと成長したアマチュア野球チームだ。

また哲氏の父親である松宮増雄はカナダ生まれで、日本で学齢期を過ごした後、カナダで父親の店を手伝った。彼は強制移動でグランフォークスに移住し、1946年の国外追放によって故郷に戻った。その後、彼はカナダからの帰国者との交流を保ちつつ、移民を輩出した故郷の姿を『開出今物語』にまとめて世に出した。

郷土史家の血は息子の哲氏にも受け継がれ、彼は2017年3月『松宮商店とバンクーバー朝日軍』(サンライズ出版)、2022年には『バンクーバーに日本人野球クラブがあった頃―我が祖父松宮外次郎とカナダ移民の時代』(22世紀アート、2022年)を出版した。

(左から)資料の情報交換をする松宮哲さん(開出今)、三尾雅信さん(三尾)、堀部栄次さん(米原市磯地区)(撮影筆者)

一方、三尾たかえ氏は三尾の出身で、自らの親戚にも夫の家族にもカナダ移民体験者を持つ。三尾のカナダ移民村としての歴史を次世代に継承しようと、カナダ・ミュージアムの館長を務め、国内の研究者と協力して、三尾を中心とした和歌山県の元移民の人々の聞き取り調査や移民資料の保存、カナダ移民の歴史を一般に広める作業に精力的に取り組んでいる。さらには、三尾の墓地の詳細な図版を作成し、かつての村の姿を表した地図を参考にカナダから訪れる日系人のルーツ探しを支援するローカルな活動家である。

北米のように移民資料が博物館や大学図書館などによって体系的に保存されるシステムが存在しない日本では、多くの移民関連の資料は、その価値を知られることなく個人の家に眠っている。それに研究者がアクセスでき、資料の保存に繋げるためには、彼らのようなローカルな郷土史家の存在と協力が鍵となる。彦根と三尾というカナダへの二大旧移民村の活動する二人が交流したことで、今後の日系カナダ移民研究は大きな発展を遂げるだろう。

地域密着型パブリック・ヒストリーの構築に向けて

和歌山からの今回の滋賀訪問は、三尾をフィールドとして実施されている科研共同研究プロジェクト「出移民史を通じた次世代育成のための地域密着型パブリック・ヒストリーの構築」(基盤研究B 課題番号21H03712  研究代表:河上幸子)の一環として実現したもので、三尾で郷土史を勉強する中学・高校生らで構成される「語り部ジュニア」というグループも参加した。

「語り部ジュニア」は2018年春の開講以来、学校教員など地域の有志からなる講師とともに移民の歴史を移民母村で学びつつ、カナダ人のスタンレー・カーク(Stanley Kirk)甲南大学準教授から不定期ではあるが英語の指導を受けている。地元のお年寄りの聞き取り調査を行なったり、三尾の歴史資料を収集したり、それを英語で紹介したり、三尾を訪れる人びとに地域を英語で案内したりする活動を行なっている。

2023年のグループは、2019年以来4年ぶりにバンクーバー、スティーブストン、およびバンクーバー島でフィールドワークを行なった。「語り部ジュニア」の取り組みにこそ、長い目で見て、いかに地域の移民史の保存が実現できるか、いかに次世代の若者に環太平洋に広がる生活圏を持った日本人の新たなイメージを描き直してもらえるか、中央や都市ばかりを目指す画一的志向から地域の多様性の中に活力を見出していく思考へ転換できるか、地域NPOによる次世代育成を通じた地方再生と地域密着型パブリック・ヒストリーの構築を目指す研究者によるプロジェクトの成否がかかっているとも言えよう。語り部ジュニアの取り組みは、和歌山での地域史の次世代継承のノウハウを他の県にも伝えることにつなげる可能性も含んでいる。

「語り部ジュニア」の発表。話しているのは「 語り部リーダー」の柳本文弥氏(撮影松宮哲)

滋賀県の方でも、今回のイベントでは、今までよく知られていた彦根市だけでなく、米原市磯地区から「磯郷土史クラブ」の堀部栄次氏らが、同地区で進んでいる移民体験者の子孫による地域史の掘り起こしについて情報を共有した。

同クラブが郷土史を研究する中で、この地域から戦前カナダに230名以上が渡ったことがわかり、また地域に資料提供などを呼びかけたところ、1909年と1918年にカナダで書かれた2冊の日記が見つかったという。これらの日記は滋賀県立大学の大学院生である平野愛華氏らが分析している。今回の会合で、これまで知られていなかった地域移民史研究グループと研究者との接点ができたことは、これまた大変意義深い。

カナダ移民について調査する平野愛華さん(右)と三尾たかえカナダミュージアム館長(撮影筆者)

「語り部ジュニア」の指導者の一人で、和歌山からのツアーを引率した三尾雅信氏が記した報告書によると、ジュニアたちは展示を見たり、展示品を提供した移民の肉親たちから直接話を聞くことで、改めて日系カナダ人たちが味わった苦難について思いを馳せたようだった。

彼らの感想には、「カナダで築いた財産を奪われ、安値で売却されたことや、過酷な環境で労働していたことが記されており、胸が痛んだ」、「私が今までに学んだことを合わせると日系人はとても厳しい生活をしていたことがよくわかった」などの言葉があったそうだ。地域密着型の歴史の学びや、移民や戦争を体験した人々の個人の物語を目の当たりにすることで、若者から見たら「昔の人々」であろう移民たちの苦労を、より当事者に近い視点から感じることができたと思われる。


公開講座を通じた一般市民への情報提供

滋賀県平和祈念館では、毎月一回、誰でも参加できる公開セミナー「平和教養講座」が開催されているが、2023年11月から2024年2月までの4回は、『破られた約束』の展示に合わせて日系カナダ人関連の内容で企画が作られた。

「平和教養講座」第一回であったこの日には、日本巡回展実行委員会の和泉真澄が日本における移民史研究の変遷、そして和歌山県と滋賀県からのカナダ移民の違いについて説明したあと、松宮哲氏が「バンクーバー日本町の発展と滋賀県移民」というタイトルで、彦根市地域がなぜ移民を送り出さなければならなかったのかや、松宮商店をはじめとするさまざまな滋賀県移民経営の店舗などについて解説した。

公開講義をする筆者(撮影松宮哲)

また和歌山を代表して、語り部ジュニアが日頃の活動と、夏休みに行なったカナダでのフィールドワークについて発表した。その他、磯郷土史クラブや三尾のカナダ・ミュージアムからも挨拶があり、30名近くの参加者を迎えて、平和教養講座は盛会に終わった。

三尾雅信氏の報告書は、いつもは和歌山からの移民についてのみ勉強しているジュニアたちが、滋賀県の移民の子孫たちと交流し、滋賀県と和歌山県からの移民の職業やパターンの違いを学んだことで、より広い視野から移民について考えられるようになったことも示唆している。

彼らが他の地域から出た移民の歴史や、移民がそれぞれの地域に与えた影響について関心を持ち、より多くの地域で同様の探究・行動型学習活動を若い世代に提供していければ、日本国内に移民に関する知識を広げ、地域の多様性により地球的な視野から対処できる次世代の国民を養育していくことにもつながると思われる。

11月18日の平和教養講座は以上のような形で大きな成果を上げることができた。

12月16日 の発表者。左から、河上幸子京都外国語大学教授、 日系カナダ人の調査に参加した京都外国語大学の学生さんたち 2 名 、Stan Kirk 甲南大学准教授、松宮哲さん、朝倉敏夫平和祈念館館長。 (撮影者不明)

第二回の講座は12月16日に開かれ、巡回展実行委員の河上幸子氏が「カナダ移民の歴史継承と次世代育成」というタイトルで講演。この日は、河上氏に加え、三尾からの出移民者リストなどを作成したことでも知られる帰加二世の水田治司氏がカナダからzoomで講演したほか、語り部ジュニアの指導やカナダからの国外追放者のライフヒストリーを調査しているStan Kirk氏も自らの活動を紹介した。

2024年1月27日には原山浩介氏が「カナダにおける日系人戦時強制収容」というタイトルで講義を、2月17日には河原典史氏による「忘れられたカナダ日本人移民史-ロジャーズ峠に散った鉄道契約移民」という講義を行なった。

本巡回展を通じて、カナダで暮らした日本人たちの体験を、日本でもより多くの人々に知ってもらうと同時に、郷土史に潜む国際性にも気が付くチャンスを提供できたとすれば嬉しく思う。グローバル化は最近始まった現象ではない。地球の反対側と繋がるような戦前の日本人の越境生活圏についても、多く人々に思いを馳せてもらいたい。

平和教養講座のビデオ >>

 

© 2024 Masumi Izumi

ブリティッシュコロンビア州 バーナビー カナダ 日本 日系カナダ人 移住 (migration) 日本文化センター博物館 滋賀県 和歌山県
執筆者について

同志社大学グローバル地域文化学部教授。東京外国語大学、クイーンズ大学大学院政治学研究科を経て、同志社大学大学院アメリカ研究科博士課程修了。博士(アメリカ研究)。専攻は日系アメリカ人・日系カナダ人文化史。環太平洋の第二次世界大戦中の日系人の体験を国際比較するPast Wrong Future Choicesプロジェクト(ビクトリア大学)のアーカイブ班共同代表。主著に『日系カナダ人の移動と運動――知られざる日本人の越境生活史』(小鳥遊書房、2021年度カナダ研究国際協議会(ICCS)のPierre Savard賞外国語出版賞)、『The Rise and Fall of America’s Concentration Camp Law』 (Temple University Press、全米図書館協会 The CHOICE Outstanding Academic Titles 2020受賞)、『日系アメリカ人強制収容と緊急拘禁法――人種・治安・自由をめぐる記憶と葛藤』(明石書店)、共著『私たちが声を上げるときーアメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、翻訳書に『ノブコ・ミヤモト自伝』(小鳥遊書房)などがある。

(2024年3月 更新)

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