ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/1749/

一日中子供を預けて仕事

子供預かるところあるんですよ。子守り、プランテーションから子守りしてくれるのね。それ朝、4時半にあそこに連れてってからね、そしてあと今度私ら5時くらいには仕事へ出ていかなきゃいけんのね。暗いうちに出ていきましたよ。そして、4時半に仕事終わって、そして今度またそこに子供つれに行ってね。


世代 ハワイ 移民 移住 (immigration) 一世 日本 移住 (migration) アメリカ合衆国

日付: 1991年6・7月

場所: 米国、カリフォルニア州

インタビュアー: ロバート・ナカムラ、カレン・イシズカ

提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

語り手のプロフィール

1900年生まれの福岡県出身の笠原さんは、先にハワイへ移住していた両親に1919年に呼び寄せられた。移住当時はホームシックで毎日泣き明かしていたという彼女は、砂糖きびプランテーションで日給55セントで働いた。

笠原さんは1922年に、プランテーション労働者とお見合い結婚をした。夫は再婚で、最初の奥さんは亡くなり、二人のお子さんをもうけていたが、笠原さんと結婚したときは、二人の子供たちは日本へいた。笠原さんはその夫との間に6人の子供をもうけたが、うち2人をまだ小さい時に亡くした。(1991年7月)

サブリナ・シズエ・マケナ

マリー・ミルクス判事 - 彼女のヒーローであり指導者

(1957年生まれ) ハワイ州最高裁判所判事。