この10数年は中南米の高い経済成長率が注目の的になり、日本在住の日系就労者たちもその状況に期待してかなり帰国した。しかし、ここ2年ぐらい前から経済低迷が深刻化しており、特に大国であるブラジルの情勢があまり思わしくない。でも南米諸国の多くは、ブラジルにモノやサービス、エネルギー(国土の広いブラジルでは、電力と天然ガスを生産しているが、パラグアイからは電力、そしてボリビアからはガスを購入している)を輸出入しているが、この域内総生産の半分以上を占めているブラジルの不況の影響は非常に大きい。また、石油公社ペトロブラス社の不正事件は政界を揺るがしており、ジルマ大統領の政権運営にも陰りが見え始めている。国際価格に左右されやすい第一次産品の輸出に頼っている新興国は、原油、穀物、鉱物資源等の価格が下がると、それまでの成長モデルがあっという間に崩れてしまう。これは世界からあるゆる原料を大量に輸入している中国経済の減速の大きな原因でもあるが、同じように一次産品に依存してきた新興国は大きな打撃を受けている。
このことは以前から警告されていたにもかかわらず、どこの中南米諸国もこうした状況に対応できる財政運営(外貨準備高を増加し、赤字を削減する)をしてこなかったことが最大の問題である。最も経済が低迷しているのは、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラであるが、その他の国々は比較的健全である(成長率は鈍化しても、インフレ率や失業率は低く抑えられており、中央銀行の外貨準備高は相当高いので為替変動にも対応できる)。また外資の投資先として、チリ、ペルー、コロンビア、パラグアイやボリビア等は注目されており、不透明な政治要素や汚職事件があっても、分野ごとにそれなりに有力視されている。すべての市場において、この10数年で拡大した中産階級が、完全に消滅したわけではない。
一方、社会主義的な政策(石油や穀物の輸出税で得た収入によって優先的に貧困対策と社会事業にあてた)を実施してきた国でも、貧困率が改善したにもかかわらず格差は拡大し、その貧困層および中流の民衆の不満が爆発している。ばらまき政策をやってきた国々では財政が更に悪化する可能性もある。購買力を維持できない分、賃金アップや社会保障、教育やインフラ整備の充実に対する圧力はもっと高まる。そのうえ労使関係の悪化によってストが増え、政治的に政権運営が難しくなる国も増えるかも知れない(アルゼンチンや南米の優等生チリまでが、そうした不安要素を抱えている)。ブラジルでは、昨年のサッカーワールド杯前に発生した大規模な抗議デモはまだ記憶に新しいが、最近また各地で集会や道路封鎖が発生している。
里帰りをした日系人の話だと、多くの国では一部の食料と交通機関の価格以外は日本より割高になっており、すべてがコスト高で収入は物価上昇に追いつかず、その結果、経済的格差は益々拡大しているという。一方、日本は経済が安定しているので、その分やりくりもできるしモノやサービスの購入には価格や質の面から選択する余地もある。よって、節約すれば一定水準の生活は確保できると指摘する。南米では、それが非常に難しくなってきていると語っている。
それでも活気があるように見えるのはなぜだろうか。それはやはりブラック経済というものが存在するからであり、中南米諸国ではそうした闇の部分が25%から60%、平均でも40%を占めている。市場でその動きを実感できることができるが、商取引や給与支払いの記録がまったくなく、そこで発生したお金の動きは国の統計である国内総生産にも反映されない。
どの国も税制改革や脱税対策を強化してこの闇経済の改善を目指しているが、アフリカより格差が深刻な南米地域では規範意識は薄く、納税義務の履行も低い。
ペルーのリマでは近年、日本で貯めた資金ではじめられたラーメン、餃子、創作和食等の小規模な家族経営の店が増えている。他方、日系企業の小売業進出も話題になっていおり、先月、リマのショッピングモールで大阪のワッツ社のブランド“KOMONOYA”(一品600ソル)の第1号店が開店し、地元メディアも大きく取り上げた1。
その他、大手自動車メーカーのメキシコ投資拡大や南米各地での鉱物資源開発事業はかなり堅調である。いずれにしても、今後日本の小売業がもっと積極的に海外市場を目指すようになり、中南米市場への注目も更に高まるだろう。
こうした動きに対して以前から注目されているのが日系人のファシリテーターとしての役割である。地元社会のしくみや見えないルールを把握し、様々な業界に人脈をもっていることで、日系企業が南米へ進出する際、膨大な情報の整理や信頼できる専門家を紹介してもらえるからである。当然リスク回避と節約につながるグローバル人材である。
ただ、すべての日系人がそうした条件を満たしているわけではなく、日系人の活用=ビジネスの成功とは言えない。あまりなじみのない土地ではじめて事業を始めるには、法律や会計、税や業界の規制等非常に細かい情報を把握する必要がある。ときにはそれらにアクセスするための委任状や契約書の作成が大きな障害物になる。日本では簡単な委任状でかなりの作業をこなすことができるが、南米では形式的要件が複雑で、代理権を行使する際、その文言や根拠となる規定が機関によって異なる。また、そうした委任状を行使するには日本側と相手国側の認証手続きも必要であり、ときには両国の弁護士が非常に細かい調整をしなければならない。このことを日本側に理解してもらうだけでも、多大な労力と時間を有することがある。
中南米のポテンシャル(潜在能力)は常に評価されてきたが、ビジネス先としては大手企業や多国籍企業が進出している分野以外は、やはり難しい側面が多く、高い汚職度や低い法遵守率、インフラの未整備、関係手続きや法適用の不透明さ等は一般の日本人経営者には大きなリスクを意味する。日本から戻った日系出稼ぎ就労者もそのことを意識しながら様々な事業を展開してきたが、成功したケースはそう多くない。
ただ成長の勢いが鈍化しつつも、近年拡大した中産階級の消費意欲は小売業にとって、まだ魅力的である。中南米といっても、各国の特徴は全く異なっており、地域や業界毎に詳細な情報を分析しなければならない。統計も、公的機関であれば信頼できるという訳ではない。米州開発銀行のモレノ総裁は、2020年頃まではこの地域の不安定要素は続くと見ており、成長率が高い国でも内外の変化で一気に低迷する可能性もあると警告している。こうした中、やはり自分で見て、歩いて、業界関係者や専門家と直接会って意見交換すべきである。単なる広告のイメージや政府の投資誘致の案内のみで第一歩を踏み出さすのはあまりにも無謀過ぎる。
注釈:
1. 株式会社ワッツ
- Tienda japonesa 'Komonoya' venderá sus productos a precio único de 6 soles
- Japonesa Konomoya inicia operaciones en Latinoamérica con primera tienda en Perú
参照:
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© 2015 Alberto J. Matsumoto