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第13回 「アイデンティティとは『居場所』のこと」、NPO法人ABCジャパン理事長・安富祖美智江さん

多文化共生のまち、横浜市鶴見区

今年4月からはじまったNHKの連続テレビ小説「ちむどんどん」の主要舞台となっている横浜市鶴見区。ドラマにあるように古くから沖縄関係のコミュニティーがあるところとしていまや全国に知られるようになったが、ここには主に沖縄をルーツとする日系ブラジル人など南米に関わりのある日系人のコミュニティーもある。

加えて中国系をはじめフィリピン系、ベトナム系など外国籍の人が多く、区内の人口のおよそ20人に1人が外国籍というユニークな地域だ。区内には沖縄系のほか南米系のレストランやお店も点在し、地域住民も日本人、外国人とも文化や習慣の壁を越えて交流し、近年よく言われる「多文化共生」が実践されている。

しかし一方で日本語を母語としない住民も多く、日常生活の中でさまざまな障壁にぶつかることがある。また、その子どもたちの教育に関する課題や、個人の内面に踏み込めば、アイデンティティという問題を抱えている人もいる。

行政もいち早くこうした実態に即した住民サービスや援助をしているが、こうした問題と民間レベルで向かい合っているのがNPO法人ABCジャパンだ。鶴見区在住の日系ブラジル人が中心となり2000年に発足、06年にNPO法人となった。「日本人も外国人も同じ町に暮らすもの同士として支えあう」ことを基本に、特に外国籍住民の困りごとの解決に力を貸す事業を行っている。


沖縄からブラジル、そして鶴見

日系支援のNPO法人ABCジャパン理事長を務める安富祖(あふそ)美智江さん

ABCジャパンの理事長をつとめているのが、鶴見で30年近く暮らす日系ブラジル人の安富祖(あふそ)美智江さん。ブラジルでもっとも日系人の多いサンパウロで1968年に生まれ、87年に日本に来た兄に続いて来日、群馬県伊勢崎市で働き、2年ほどして鶴見に移ってきた。

「最初は2年間で帰るつもりだったけれど、3ヵ月して考えが変わってしまった。ブラジルにいるときは親のおかげで生活していたのが、日本に来て自分の力で生活できたことが楽しくなって、ずっと日本にいようと思った」と、安富祖さんは言う。

安富祖さんの両親は沖縄県恩納村の出身で、父親の秀吉さんは中学生のころから先生の影響で南米に興味を持ち、高校時代は移民クラブに所属した。高校を卒業すると南米への移民の準備をはじめた。当初、移民先としてボリビアを志望していたが、家族移民が条件だったためブラジルへ渡った。

現地では野菜作りからはじめてやがて独立、63年に、沖縄から妻となる女性を呼寄せて、夫婦で野菜作りに従事した。その後フェーラ(青空市場)の権利を買い、そこでパステウ(薄いパイ生地にチーズや肉を入れて揚げたブラジルの料理)を作って売りはじめ、2010年まで続けた。

秀吉さん夫妻は、二男一女をもうけ、長男はブラジルにいて、次男と長女の美智江さんが日本に来た。次男は日本に来てからまもなく帰化して日本国籍となったが、安富祖さんの国籍はブラジルだ。安富祖さんが日本に行くことについては両親も賛成して援助してくれた。


日本文化を受け入れて

安富祖さんは、鶴見に移ってからはKDDIの代理店の仕事をし、国際電話の手続きやインターネットの設定などを行っていたが、ブラジル人のお客さんも多く、業務以外にさまざまな相談を受けるようになった。

1990年の改正入管法によって、当時ブラジルをはじめ南米から多くの日系人が日本に働きに来ていて、もともと沖縄の人が多い鶴見にも、沖縄系でかつ南米の日系人が自然と親戚縁者や知人を頼って集ってきていた。

「こうした南米の日系人がよく来ていましたが、日本語ができないので困っていました。だいたい3Kの仕事に就いている人が多く、勉強する時間もなく日本語のレベルアップはなかなかできない。また、宅急便の仕組みなど生活面でわからないことは多く、こうした相談をボランティアで受けるようになったのですが、ボランティアには限界があるので、店で知り合った日系ブラジル人と一緒にABCジャパンをつくりました。かつて、日本の会社員としてブラジル駐在だった人も手伝ってくれました。どうしてABCかというと、もののはじまりだからです」と、安富祖さんは設立の経緯を話す。


アイデンティティとは「居場所」

諸問題のなかでABCジャパンが特に力を入れてきたのが、日本社会に馴染んでいない外国人や日系人の子どもの教育についての支援である。安富祖さん自身、二人の子どもを日本で育てた経験からその必要性を痛感していた。

1993年に自分と同じ日系ブラジル人と結婚した安富祖さんは、二女をもうけたが、長女の教育時には、わからないことばかりだった。

「大変だったのは、教育のシステムが違うこと。『塾って何?』っていう感じでした。学校で配られたプリントの意味もよくわからないし、音読や九九の宿題もどうやっていいのかわからなかった。長女は自分でやっていたようで、いろいろ辛い思いをさせました。でも、そういうときに保育園の時の日本人のママ友などが助けてくれました」。

学校の仕組みについてわかりやすく説明するため、ABCジャパンでは、小、中、高校別に英語、ポルトガル語、スペイン語、中国語、タガログ語の5言語による学校ガイドを制作。大学進学ガイダンスや、社会に出るための仕事についてのガイドも用意している。また、言葉の問題などで一般の日本の中学生に比べて進学率の低い、外国籍や日系の子どもたちのために、高校進学のためのフリースクールを開いている。

こうした実用面でのサポートのほか「心のケア」についても、心理士によるカウンセリングを行っている。

「日本で生まれたのになんでブラジル人なの?って迷ってしまう子どももいる」と、安富祖さんが言うように、日系人のなかにはアイデンティティで、心に葛藤を抱えてしまう人もいる。たとえば、“出稼ぎ”として自分のルーツである日本に来た日系の2世のなかには、言葉や文化の壁に戸惑い、なじめずに帰国してしまったり、帰国しても居場所がなくなったり、一方で帰国したくても生活のために日本にとどまる例もある。

「日本文化を受け入れて日本語を学ばないとうまくいかない。コミュニケーションは大事だからね。それと、周りの人と仲良くしていかないといられない。その点、鶴見はとてもいいところ。アイデンティティの問題はあるけれど、私はアイデンティティとは、自分の居場所だと思う。だから私は『鶴見人』」と、安富祖さんは笑う。

いい方を換えれば、鶴見を自分の居場所と思えるような人、つまり「鶴見人」を増やすことが安富祖さんの狙いなのかもしれない。

 

© 2022 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。

 

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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