ブラジル水泳界の英雄・岡本哲夫:日伯交流から生まれた奇跡

このシリーズでは、ブラジル水泳界および日系社会共に初の五輪メダルをもたらした二世・岡本哲夫(1932年生まれ~2007年没)の歴史を振り返る。ブラジルの「ニッケイ新聞」(2016年)からの転載

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第1回 ヘルシンキ五輪・競泳で初メダル

二世・岡本哲夫(1932年生まれ~2007年没)は、ブラジル水泳界および日系社会共に初の五輪メダルをもたらした。彼が表彰台の3位に登ったのは、1952年8月3日。ヘルシンキ五輪(フィンランド)の1500メートル自由形競泳だ。しかも、その時の表彰台には日本人の血を引く三人が占めた。当時、邦字紙では五輪における日本勢の健闘が記事の中心だった。ところが、勝ち負け抗争の余韻が強く残っていて日本移民への悪印象が強かったにも関わらず、ブラジルの新聞は「ジャポネース」の健闘を大々的に報じ、心から祝福した。

ヘルシンキ五輪閉会式の当日、1952年8月3日午後、1500m自由形競泳の表彰台には、1位にハワイ出身の日系アメリカ人の紺野フォ…

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