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10th Annual Imagine Little Tokyo Short Story Contest

Why not? Little Tokyo!

だから何度も言っているけれど、誰もが八村塁や、渡邊雄太みたいになれる訳では無い。彼らは日本人ではあるけれども、何万人に一人、いや、何十万人に一人、という才能を、幸福な環境で見事に開花させた稀有な例だ。その陰に、どれ程の実力ある選手達が埋もれていったか知れないんだぞ、と、リトル・トーキョーの人々から和尚と呼ばれている元・僧侶の男は、ここ数時間の間に同じような事を何遍も繰り返し言っていた。

仮にも、人に道を説く元・僧侶の身で、何かが無理だ、無理だと否定的な事ばかり言うのは本意ではないのだが、まだ10代半ばのハヤトが突然言い出した提案が余りにも突飛で、その上、えらくしつこく食い下がってくるので、和尚はすっかり辟易してしまったのだった。

ローズ・ストリートを抜け、更に歩いた街の外れに、商業施設を建設するには手狭な、中途半端な広さの土地が、鉄条網が巻き付いたフェンスで囲まれている。そこには錆びて、陽に灼けた古ぼけた看板が掲げてあり、煤けた赤い文字で「For Sale」と書かれていた。歳の割に痩せぎすな体に、いつ見ても同じ古びたジーンズと、少し汚れた白いTシャツを着ているハヤトという青年が突如、この場所にストリート・バスケットボールコートを建設したいと言い出したのだ。気乗りのしない和尚の口ぶりが気に入らなかったのか、ハヤトは古く汚れたバスケットボールをドリブルしながら、憮然としていた。

「和尚さあ、すぐに無理だ、無理だと言うのは簡単じゃないか。だけども今、NBAで活躍している選手達は、そういう一見無理だと思える事に打ち勝ち続けてコートに立っている訳だろう?ロサンゼルス・レイカーズのラッセル・ウエストブルックの口癖を知っている?Why not?だよ。何だって出来ない事なんて無い筈じゃないか。そうだろ?和尚、なあ」

「生憎、私はバスケットボールファンじゃないから、ウエストなんちゃら選手は知らないよ。ハヤトは知っているだろう?私がメジャーリーグ・ファンだって事は。もうずっと大谷翔平に首ったけだ」

和尚がつれない返事をすると、ハヤトは更にむくれて、背中を向けてしまった。和尚は、そんな子どもっぽい態度をとるハヤトの背中に、心配そうな視線を投げかける。ハヤトはいつも一人、公園や路地裏でドリブルの練習している。周囲に家族や友人の姿があった事はなく、時には夜が更けて周囲が暗くなっても、ずっと練習を続けていたりするので和尚は心配になり、ある昼下がりにコンドミニアムの自宅に招いて冷たいコカ・コーラを振る舞ってからというもの、折に触れてヤトは和尚の家に上がり込むようになった。

きちんと聞いた事は無いが、ハヤトの家庭環境が余りよくないのだろう、という事は容易に想像がついた。草臥れた衣服や、時々鼻先を掠める強めの体臭などからも、乱れた家庭で暮らしている事は容易に想像がついた。何より、まだ歳若い青年であるというのに光がない、上目遣い気味の双眸を見つめるだけで、ロサンゼルスに暮らす多くの日系人の苦悩に長年対峙してきた和尚には、ハヤトをとりまく環境位は軽々と、手に取るようにわかるのだった。

「そうむくれるなよ隼人。でも、私には理解できないんだ。こんな狭い土地と言えど、ここはロサンゼルスだ。土地代とコートの工事費を合わせたら、とんでもない費用がかかる。一億円位かかるかも知れない。そんな金あるのか?私には無いぞ。大体、何だってお前さんがそんな事をしなきゃいけないんだ?」

「あのね、今どき頭を使えば、金を稼ぐ方法ぐらい色々あるんだ。クラウドファンディングって知っているか和尚?インターネット上で募金を呼びかけるんだ。それで実際、コートを作った例もあるって俺、ネットの記事で読んだんだ。大体ね、俺は自分の事を考えて、こんな話をしているんじゃない。リトル・トーキョー全体の心配をしているんだぜ?この街の、俺位の年代の連中が皆、元気無くなっているって、そう思わない?ロサンゼルスなんていう大都会にある街でさ、若い日系人ばっかりが元気がないなんて、全然クールじゃ無いよ!」

いつに無く鋭い語調で、ややもすれば危機迫った様子でそう訴えるハヤトの姿に、和尚はやや気圧されるようだった。

「そりゃ八村や渡邊みたいにはなれないかも知れないけどさ……そうなる可能性すら俺達には無いんだぜ。どこにも繋がってないんだ、この街は今」

バスケットボールコートの建設という話はいかにも突飛ではあったが、ハヤトの言うリトル・トーキョーに暮らす日系人の若い世代が希望を持てない、という事に関しては和尚も感じる所があった。ロサンゼルスという華やかな大都市の特性上、多くの人々は希望に満ちた表情で暮らしているように見える。しかし、ここ数年のアメリカにおける変化は激烈で、資本主義という得体の知れない巨大な化物が、いよいよ非常な力を有して跋扈し始め、金を持つ者と、持たざる者との差が、残酷なまでに露骨になっていた。ハヤトの着ている垢で黄ばんだ白いTシャツもその一例だった。

そこに件の新型コロナ禍が追い討ちとなった。飲食や観光を生業としている者が多いリトル・トーキョーの日系人らにとって、このしぶとい疫病は致命的とも言える大きな損害をもたらした。宗教人である和尚は、この世の艱難辛苦を煮詰めたような、呪詛にも似た訴えを、和尚は寺の境内で2年、3年と受け止めてきたのだが、それは経験豊富な僧侶である和尚を持ってしても耐え難い日々だった。そして、ついに80歳になった節目の日に、周囲の同僚に引き止められるのも聞かず、定年の無い寺勤めを辞したのだった。

そうした一連の経験からも、今この街に暮らす青年らが希望を持てないでいる、というハヤトの話はよく理解する事が出来たし、そこに一抹の悲しみを感じるのと同時に、ハヤトが抱いているのと同じような、危機感にも似た感情が沸々と胸の奥から湧き上がるのだった。

ふと、和尚は試しに、この何の変哲もない空き地に真新しいコートが出来上がった時の光景を想像してみる。遠くの方からドリブルの音が聞こえて来、その音が次第に大きくなったかと思うと。コート上にはハヤト同様、あまり清潔とは言えない身なりの青年達が一人また一人と集まり始める。彼らは溌剌とした声を上げながら、バスケットボールを追う。空想のストリートコートに集まった青年達は皆。屈託の無い無邪気な笑顔を浮かべ、流れる汗をカルフォルニアの夏の陽光に輝かせていた。それは、昨今の草臥れた街並みの中で一際明るい、希望に満ちた光景のように、和尚には見えるのだった。

「そうか」

和尚は一人呟く。

「別に八村塁やら、渡邊雄太やらのヒーローになる必要は無いんだな。ただ、何かに熱中出来る事がある場所があるだけで、それだけでいいのかも知れないな」

和尚は自身が想像の中で描いたストリート・バスケットボールコートの光景に、一縷の救いと、この街の未來の一旦を垣間見た気がした。何かが詰まったみたいに苦しかった胸に、すうっと空気が通じ、体が軽くなる。すると、それに合わせたかのように、一陣の強いつむじ風が吹き、空き地の乾いた土を舞わせた。和尚の鼻腔の奥深くに土埃の匂いが香ったかと思うと、数十年前の記憶が脳裏に次々と、鮮明な図像として浮かび上がってきた。

「年寄りの昔話だと思って聞いてほしいんだが」

と、和尚が切り出す。声のトーンに変化を感じたハヤトは、ボールをドリブルする手を止めて、和尚が発する次の言葉を待った。

「先の大戦中、アメリカと敵対関係にあったリトル・トーキョーの日系人は一斉にマンザナ収容所に送られた。もちろん私もだ。まだ、ほんの小さな子どもだったけれど、そこでの暮らしは子ども心に屈辱的で酷いものだと思った。しかし、それよりも辛かったのは1944年の終戦間際に、退廃し切ったこの街に戻ってきてからの、誇りを失った惨めな暮らしだったんだよ」

そこまで和尚が語り終えると、脳裏で空想していたバスケットボールコートは霧散し、空き地周辺の景色が一気に変わる。最初は一枚一枚、古ぼけた写真のような平面の記憶が浮かび上がるばかりだったのだが、その数が増えていくにつれ、次第に画像は立体的に組み上がっていき、空き地だけではなく、そのはるか後方までの広範な一帯に、ゴーストタウンのように荒れた古びた街並みが現出し荒ぶるジャズが聴こえ始める。

時折、汚い身なりをして酔っ払った労働者風の男達が、鼻歌交じりに闊歩したりもしていた。それはまさに、和尚が今しがた語り始めた一九四四年当時の、収容所から日系人が帰還し始めた時分のリトル・トーキョーの光景に他ならず、老いた和尚の脳裏に急遽呼び起こされた街並みは、さながらコンピューター・グラフィックスのような精巧さで、一歩歩みを進めれば、古びた建物の外壁に今にも手で触れられそうな程だった。それは昔の記憶を思い出すというレベルを遥かに超えた一種の神秘体験で、和尚は半世紀以上ぶりに対峙する在りし日のリトル・トーキョーの風景を固唾を飲んで眺めながら身を震わせていた。

「なんてこった……」

和尚はそう、小さな声で詠嘆し、飽く事なく眼前の街並みを眺めていた。奇跡とも思える、この現象。もしかしたら、風で舞った空き地の土の匂いが、あの時、1944年に嗅いだ土埃の匂いと寸分違わなかったので、脳のどこかの一部位が、半世紀以上前のあの頃の風景に強烈に結びついたのかもしれないと、和尚は奇妙に醒めた頭の片隅で考えていた。

「日系人が居ない間、ここは柄の悪い連中の吹き溜まりみたいになってなあ。活気に溢れた清廉な日本人街が騒がしいナイトクラブだらけになって、シビック・ホテルと屋号を変えられた都ホテルは、賭博と売春の温床に成り果てていたんだ」

「ちょっと……どうしたんだよ和尚」

ガランとした空き地に、他の人間には見えない大きな建造物を幻視し、いつもとは違う、眉間に皺を寄せた険しい表情で言葉を紡ぐ和尚の事を、ハヤトは何か、得体の知れないものが憑いた者を見るような、怯えた目で見つめていた。

「絶望に暮れた戦後、終わる事の無い差別。それに、その後長らく続いた、街の取り潰し騒動……思えば、このリトル・トーキョーという街は、不思議な位に多くの困難に晒されてきた街だったんだなあ」

傍に居るハヤトに言う訳でも無い、視線を真っ直ぐ前に向けたままの和尚の独り語りが暫くの間続いたかと思うと、驚くべき解像度でもって再現された1944年のリトル・トーキョーの街並みは次第に輪郭がぼやけ始め、その姿が次第に薄くなっていった。すると、和尚はようやくハヤトの方を向き直り、いつもと変わらない柔和な笑顔を浮かべて、こう言った。

「ただなあハヤト。何度苦難に襲われたって、この街は負けなかった。絶対に諦めない、とっても逞しい街なんだぞ!どんな困難が襲って来たって、その都度誰かが立ち上がってきた。そう、まさにWhy not?だよ!馬鹿だなあ私は。こんなに長い間リトル・トーキョーに暮らしているのに、忘れていたよ……」

和尚の言葉と笑顔につられ、ハヤトも思わず顔を綻ばせる。

「ハヤトみたいな若い世代が必要なものが、今、この街が再び明るさを取り戻すのに必要なものだよ。いいじゃないか、バスケットボールコート。やってみようじゃないか。手伝える事は、何で手伝うよ」

和尚が、力強い言葉でそう言うと、しばらく様子がおかしかった和尚を心配していたハヤトの顔が、更にパッと華やいだ。

「そう来なくちゃ和尚!やっぱり話がわかるぜ。まずはクラウドファンデインングのホームページを作らなきゃ。ねえ、パソコン使える人知っている?それからね、俺には秘策があるんだ。ここにコートを作る計画があるって事をTikTokで流すんだ。それで、この計画を多くの人に知ってもらう。ねえ、和尚が出るんだよ?俺さ、和尚がお坊さんの格好をして、ドージャ・キャットの歌で踊れば、めちゃめちゃバズると思っているんだよね!」

「……ドージャ・キャットって、なんじゃ?」

リトルトーキョーの片隅にある空き地の前、歳の離れた二人の明るい会話が、いつ果てるともなく続いていた。

 

* このストーリーは、リトル東京歴史協会による第10回ショートストーリーコンテストの日本語部門佳作受賞作品です。

 

© 2023 Kosuke Kaburagi

Basketball fiction Imagine Little Tokyo Short Story Contest Little Tokyo Short Story Contest

Sobre esta série

Each year, the Little Tokyo Historical Society’s Imagine Little Tokyo Short Story Contest heightens awareness of Los Angeles’ Little Tokyo by challenging both new and experienced writers to write a story that captures the spirit and essence of Little Tokyo and the people in it. Writers from three categories, Adult, Youth, and Japanese language, weave fictional stories set in the past, present, or future. This year is the 10th anniversary of the Imagine Little Tokyo Short Story Contest. On May 20, 2023 in a celebration moderated by Tamlyn Tomita, noted actors, Greg Watanabe, Mika Dyo, and Mayumi Seco performed dramatic readings of each winning entry.

 

Winners


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