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日系(ニッケイ)—をめぐって

第12回 ウクライナと日本

ウクライナから避難してきたサクスフォン奏者、五十嵐健太さんに聞く

ウクライナから避難してきたサクスフォン奏者五十嵐健太さん

今年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻で、多くの人が避難のため他国へと逃れた。遠く離れた日本へも断続的に避難民は到着し、その数は7月18日現在で1565人にのぼる。そのなかに、若きサクスフォン(サックス)奏者の五十嵐健太さんがいる。日本人の父親とウクライナ人の母親との間に生まれた五十嵐さんは、ウクライナの首都キーウで暮らしていたが戦禍を逃れて父の祖国である日本に避難してきた。

ウクライナではキーウ音楽院に通っていた五十嵐さんは、数々の国際コンクールで入賞、避難後の日本では東京音大に転入、器楽専攻サクソフォーン3年生として学ぶと同時に、コンサート活動などを精力的に開始した。

クラシック音楽を通じてウクライナを支援している日本ウクライナ芸術協会の代表を務めるバイオリニストの澤田智恵さんのリサイタルに招かれて横浜市緑区のみどりアートパークのステージに立ったのをはじめ、東京音大のTCMホール(東京都目黒区)で開催されたウクライナ支援のチャリティーコンサートなどに出演、クラシックの名曲はもとより、ウクライナの伝統曲や日本の唱歌「ふるさと」も披露してきた。

情感のこもった「ふるさと」の演奏には、会場の聴衆も、ウクライナの人たちの遠く離れた故郷への思慕もくみ取ったようで、涙を流す人の姿も少なくなかった。

今後日本を拠点に活躍が期待される五十嵐さんに、日本とウクライナの差異や自身のアイデンティティーなどについて尋ねてみた。(*インタビューはEメールによって英語で行ったものを、以下日本語に訳した。)

* * * * *

ルーツに誇りを感じて

Q. 現在、どのような生活をおくっていますか。東京での生活には慣れたでしょうか。

五十嵐: 基本的に、日本での生活に慣れましたが、それでも驚くことはあります。


Q. ご両親について教えていただけますか。お二人はどのようにして出会ったのか、また五十嵐さんは日本のどこで生まれ、育ったのですか。ウクライナに住まいを変えたのはどうしてでしょう。

五十嵐: 父と母は日本で会いました。しかし、私が1歳になる前に父は亡くなりました。私は群馬県伊勢崎市で生まれましたが、5歳の時にウクライナに引っ越しました。母はとてもウクライナのことが恋しくて、故郷に戻りたいと思っていました。


Q. 日本で暮らしていたときは、幼稚園や保育園に通っていましたか、また日本語の教育は受けられましたか。日本の文化、ウクライナの文化について教えられたこと、日常生活のなかで両国の文化について学んだことにはありますか。たとえば、どのようなことでしょうか。

五十嵐: 日本では幼稚園に通っていて、5歳までは日本語しか話せませんでした。しかしウクライナに行ってからは、日本語を忘れてしまったので、学校で学びました。

それからKyiv Lysenko Secondary Specialized School(キーウ・リセンコ中等専門学校)で学び、その後 National Music Academy of Ukraine(ウクライナ国立音楽アカデミー)に入学しました。 

もちろん、日本文化やウクライナ文化について学びました。日本文化については、礼儀正しく、時間厳守などを教えられました。しかし、それでも私はよりヨーロッパの文化に慣れ親しんでいるといっていいでしょう。 


Q. 五十嵐さんは日本国籍をお持ちですが、ご自分のアイデンティティについて、どのように感じていますか。日系のウクライナ人と感じますか、それともウクライナ系の日本人と感じますか。 

五十嵐: 自分ではウクライナで育った日本人だと自認しています。日本人であることを誇りに思っていますし、ウクライナでは自分を日本人だと認識していました。ヨーロッパ人のように見えると言われるのは、好きではありません。多分、私はJapanese Ukrainianではないでしょうか。

Q. ウクライナには日系のウクライナ人がつくるコミュニティーはありますか。ウクライナでの日本の存在はどのようなものでしょうか。

五十嵐: コミュニティについては聞いたことはありませんし、こうしたことを調べてみたことがありません。ウクライナは日本から遠く離れているので、ウクライナには日本人が少なく、ウクライナに来る人もめったにいません。でもウクライナ人は日本の文化、アニメが大好きです。


Q. 母親がウクライナ人で父親が日本人であることでなにか違和感を覚えたことはありますか。反対に、得をしたことや誇りに思ったことはありますか。

五十嵐: 違和感はありません。誇りに感じています。私はいつも目立ってしまう。ウクライナでは私はアジア人だったし、日本ではヨーロッパ人です。でもそれによって自分が特別な存在になるし、そのことを自分でもよくわかっています。

Q. 日本とウクライナになにか共通点はありますか、また、もっとも違うところはどこでしょう。五十嵐さんが演奏した「ふるさと」は多くの聴衆を感動させました。ウクライナ人と日本人では、情緒的な部分で共通点はあるでしょうか。五十嵐さんのお気に入りの日本の歌や曲を教えてください。

五十嵐: 難しい質問です。共通点はほとんどありません。違いといえば、日本人は非常に厳格で真面目だという点です。音楽もまた違いがあります。日本の音楽は楽しそうに聞こえますが、歌詞は悲しげなこともあります。ウクライナの音楽は、悲しい詞であればたいてい悲しそうに聞こえます。私は日本の音楽はあまり詳しくありませんが、作曲家の吉松隆が好きで、彼の作品は大好きです。もちろん「ふるさと」は好きです。

Q. 日本のサックス奏者の演奏は聴いたことがありますか。演奏についての学び方を含めてウクライナのサックスの演奏とくらべて気が付いたことがありますか。

五十嵐: もちろん、日本のサックス奏者の演奏は聴いたことがありますが、ヨーロッパ式の演奏や指導とは違いますね。考え方が完全に異なりますし、音楽のフレーズや音も違います。

Q. ロシアとの戦争は長引きそうですが、このさきどのような音楽活動をしようと計画していますか。お母様や兄弟についての将来はどのようになっていくでしょうか。

五十嵐: これからも音楽を作ったり、コンサートをしたりしたいです。私の弟は大学で勉強し、私の母は今のところウクライナで暮らすでしょう。明日何が起こるか誰にもわからないし、次に何が起こるか私にもわかりません。私たちは将来の計画は立てられませんが、今確かに生きています。(終わり)

※以上、インタビューの質問をはじめ、五十嵐さんの答えについて、十分に本人の意をくみ上げていないとすれば、質問者である筆者(川井)の責任である。

 

© 2022 Ryusuke Kawai

Japanese Ukrainian Kenta Igarashi music refugee saxophone

Sobre esta série

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。