Discover Nikkei

https://www.discovernikkei.org/en/journal/article/4103/

アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その5/9

その4>>

秋谷一郎(1909-)はクリスチャンの帰米二世である。サンフランシスコで生まれ、6歳のとき日本へ送られた。関西学院在学中、内村順也(内村鑑三の弟)、河上丈太郎(後に日本社会党委員長)、賀川豊彦から思想的影響を強くうけた。1931年、徴兵の恐れからアメリカへ帰り、戦時中は陸軍日本語学校で教え、OSS(戦略事務局)に勤務した。戦後、ニューヨークに移住し、家具製作工、『北米新報』植字工を経て、東京銀行ニューヨーク支店に就職した。

この間、日本救援活動、労働運動、反核運動、公民権運動などに積極的に参加し、1987年、ニューヨーク州政府から、「マーチン・ルーサー・キング・ジュニア記念生涯の業績賞」が与えられた。短編「猫の孕む頃」(『北米新報』1950年4月13日号)は『新日本文学』(1950年9月号)に転載されている。1996年、自伝『自由への道、太平洋を越えて』を京都で出版し、現在もニューヨークに住んでいる。

秋谷は長編を1編(前編で打ち切りとなる)、中編を1編、短編を3編書いている。秋谷の作品のテーマは明確である。すなわち、差別批判、他民族との共生と連帯、反戦平和主義、強制収容所での忠誠組の活動である。

「サム、ちようという男」(創刊号)は部落差別と朝鮮民族差別を日本と日系アメリカ人社会を舞台とし、1人の帰米二世が回想するいくつかの体験を通して描く。彼に過去を思い起こさせたのは、「サム、ちよう」という男性(日本人と朝鮮人との間の子供である、あるいは被差別部落の子供であるといわれていた)との戦後の偶然の再会である。主人公が回想する最初の体験は主人公の少年が被差別部落の少年と結ぶ友情であり、警官と兵士によって連行される被差別部落の人々の血だらけの姿を見たときの主人公の恐怖と義憤である。読む人の心を圧倒するこの体験は主人公の差別問題を考える原点となる。関東大震災直後に朝鮮人殺害が始まったとき、追い詰められた少年を守る母のことばに自省したこと。強制収容所の中の教室で、日本における朝鮮人迫害を非難したために窮地に陥った主人公を弁護してくれた、「サム、ちよう」らしい男性への感謝と共感。これらもまた回想として語られる。

ただ、カリフォルニアでの結婚にからむ部落差別の場面や、ニューヨークのレストランでサムと呼ばれる男性が揶揄される場面で、主人公が積極的な態度や発言を示さないことは、それまでの彼の体験からすると説得力に欠けるといわざるをえない。また、この作品の冒頭で、部落差別は人種差別であるという誤った認識を与えかねない表現があるので、読む際には十分注意しなければならない。作品に込めた作者の意図とは別に、人権上不適切な表現が多々使用されているが、これは作者が日本を去ってから長い年月が経っているということから生まれる制約の結果と考えられる。

「異言の民」(第2-4号、6号)は多民族社会の中で、他の民族の人々との交流と共感の中で生きていく日系人を描く。これは他の同人にはあまり見られない、秋谷に特徴的な世界である。ユダヤ系、イタリア系、亡命ロシア人などがこの作品に登場する。主人公の友人の告白が新たな物語の展開を予想させるところでこの作品が中断し、その後、後編が書かれなかったのは惜しまれる。

「画の消えた一週間」(第5、6号)も多民族社会の中で生きる日系人を描くが、その焦点は人種差別である。主人公は、プエルトリコ人移民への自己の偏見を反省するとともに、このような人種差別を利用して私腹を肥やす弁護士に大きな怒りを覚える。プロットのよく工夫された、感銘の深い作品となっている。

「黒い雨」(第7号)は原水爆の悲劇からの解放を表現する版画の制作に打ち込む画家を通して、反戦の願いを強く訴える。物語の締めくくり方が心を打つ。中編「砂熱」(第9-11号)は忠誠組と不忠誠組の激しい対立が続く収容所の中で、民主主義を確立するために苦心する二世を描いている。

秋谷の作品は文章がしばしば説明的で長くなるが、政治的主張が生のままで顔を出すことはほとんどない。建設的な若いエネルギーに満ちた世界が展開されている。なお、『自由への道、太平洋を越えて』は自由主義者である帰米二世の波乱に富んだ人生を描く、心打つ自伝である。

その6>>

* 篠田左多江・山本岩夫共編著 『日系アメリカ文学雑誌研究ー日本語雑誌を中心にー』 (不二出版、1998年)からの転載。

© 1998 Fuji Shippan

Japanese literature Karl Ichiro Akiya literature New York (state) Ny Bungei (magazine) postwar United States World War II
About this series

Many Japanese-language magazines for Japanese Americans were lost during the chaotic times of war and the postwar period, and were discarded because their successors could not understand Japanese. In this column, we will introduce annotations of magazines included in the collection of Japanese-American literary magazines, such as "Shukaku," a magazine that was called a phantom magazine because only the name was known and the actual magazine could not be found, as well as internment camp magazines that were missing from American records because they were Japanese-language magazines, and literary magazines that were also included by postwar immigrants.

All of these valuable literary magazines are not stored in libraries or elsewhere, but were borrowed from private collections and were completed with the cooperation of many Japanese-American writers.

*Reprinted from Shinoda Satae and Yamamoto Iwao, Studies on Japanese American Literary Magazines: Focusing on Japanese Language Magazines (Fuji Publishing, 1998).

Learn More
About the Author

Professor Emeritus at Ritsumeikan University. Specializes in Japanese American and Canadian literature. Major works include co-authored Reading Contemporary European Literature (Yuhikaku, 1985), co-edited Anthology of Japanese American Literary Magazines, 22 volumes in total and 1 supplement (Fuji Shuppan, 1997-1998), co-authored Postwar Japanese Canadian Society and Culture (Fuji Shuppan, 2003), co-edited Japanese Culture in North and South America (Jinbun Shoin, 2007), and co-translated Collected Works of Hisae Yamamoto: Seventeen Characters and 18 Other Pieces (Nagundo Phoenix, 2008).

(Updated January 2011)

Explore more stories! Learn more about Nikkei around the world by searching our vast archive. Explore the Journal
We’re looking for stories like yours! Submit your article, essay, fiction, or poetry to be included in our archive of global Nikkei stories. Learn More
New Site Design See exciting new changes to Discover Nikkei. Find out what’s new and what’s coming soon! Learn More