絆:ニッケイ・ストーリー ~東日本大震災から~

人と人との固い結びつき、それが、「絆」です。

このシリーズでは、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震とその影響で引き起こされた津波やその他の被害に対する、日系の個人・コミュニティの反応や思いを共有します。支援活動への参加や、震災による影響、日本との結びつきに関するみなさんの声をお届けします。

震災へのあなたの反応を記事にするには、「ジャーナルへの寄稿」 ページのガイドラインをお読みください。英語、日本語、スペイン語、ポルトガル語での投稿が可能です。世界中から、幅広い内容の記事をお待ちしています。

ここに掲載されるストーリーが、被災された日本のみなさんや、震災の影響を受けた世界中のみなさんの励ましとなれば幸いです。また、このシリーズが、ニマ会コミュニティから未来へのメッセージとなり、いつの日かタイムカプセルとなって未来へ届けられることを願っています。

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今、世界中から日本へ向けた、たくさんの支援団体や基金が立ち上げられています。日系による支援活動情報を入手するには、ディスカバーニッケイ のツイッターをフォローするか、イベントセクション をご覧ください。日本への支援イベントについて投稿する際は、「JPquake2011」のタグを付け、震災支援イベントのリスト上に現れるように設定してください。

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復興に影落とす人口減

3月11日に震災4年目を迎えた。遅々とした歩みだが、被災地は着実に復興に向かっている。集団移転先の整地。災害公営住宅の建設。店舗・工場の修繕と建替え。鉄道の復旧。事業の再開。速度に違いはあるものの、日々変わり続ける日常の風景の中に街の再興を感じ取ることができる。

しかし、子細にその歩みを見てみると、各地一様ではない。原発の影響を受ける地域と受けない地域。内陸部と沿岸部。都市部と農漁村部。どのような切り口でアプローチするかによって、その断面はいかようにも映る。

岩手県の沿岸部に位置する大槌町は、水産業を中心とする町だ。人口は1万2,600人ほど(2014年5月現在)。津波により流失した家屋は2,506棟。震災と津波によ…

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3.11から4年:涙だけでは足りない

2011年3月11日を覚えていますか?

ちょうど朝起きて学校に行く支度をしようとしていた時、カナダのCBCラジオから電話があり、コメントを求められました。私はその時まだ、日本の東北地方を襲った悲劇について知る由もありませんでした。私は、かつて東北地方に9年間住んでいました。

最初に目にしたのは、テレビに映された狂乱とパニックの映像でした。福島第一原子力発電所の原子炉の爆発、建物が揺れ、崩れ落ち、道路が引き裂かれる恐ろしい光景、そして、東北の海岸線を越えてゆっくりとにじり寄るあの真っ黒い波。波は、内陸部に侵入し全てを飲み込み、一掃していきました。冷たく残酷な、死と破壊に成り代わった波は、行く手にあるものを、車も木も家も…

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被災者の今、そして行政

震災から4年となる日を間近に控えた2015年2月14日。被災者の一人を訪ねた。名前は大久保勝彦さん(74)。被災者のために用意された借上げ公営住宅1に入居している。

震災当時、大久保さんが住んでいたのは、仙台市若林区荒浜地区。夏は海水浴場として賑わう同地区を9メートルほどの津波が襲った。退職金で建てた築5年の大久保さんの住宅はこの波にすっぽりとのまれてしまった。

「津波が間もなくやってくる」。ラジオから流れるこのニュースを耳にした大久保さんは、ただちに自宅を飛び出した。自分は町内会長。至急避難するよう町内の住民に伝えなければならない。

自転車での避難呼びかけが終わったので、荒浜小学校に避難した。それから間もなく…

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東日本大震災から3年: 南加宮城県人会の米澤義人会長に聞く その2

その1を読む >>

「想像を絶した被災地の光景、これからもできることを続けていく」

東日本大震災からもうすぐ3年が経とうとしている。遠く離れたアメリカの地でも、故郷を思い、義援金活動に取り組んで来たのが南カリフォルニア宮城県人会だ。加入世帯数100組、大きいとは言えない組織だが、義援金は今までに16万ドル近く集まった。それも、20年以上会長職を続けている米澤義人さんのリーダーシップに負うところが大きい。

故郷とアメリカの日本人つなぐロサンゼルスの七夕祭り

米澤さんは32年勤続したUPSを退職後、1992年に出身地の宮城県人会の会長に就任した。県人会の百周年記念式典には、宮城県から150名のゲストがロサンゼルスに駆けつ…

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東日本大震災から3年: 南加宮城県人会の米澤義人会長に聞く その1

「人の気持ちの有り難さに触れ、私もできることをしたいと思った」

未曾有の大災害となった東日本大震災。2011年3月11日のあの日からもうすぐ3年が経とうとしている。震災発生後、全世界で支援の輪が広がったが、カリフォルニアの宮城県人会でも、米澤義人会長の指揮の下に積極的な募金活動が展開された。

避難所生活を送る人がまだ数多く復興は道半ばだが、3年の節目を前に米澤さんに話を聞いた。

震災翌日から義援金活動開始・直接受け取りに行ったことも

宮城県人会の義援金活動は、震災後すぐに開始された。

「次の日にウェブサイトを通じて義援金を呼びかけました。全米各地、ニュージャージーやオクラホマ、ワシントン州やテキサスから募金を…

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