ディスカバー・ニッケイ

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スーザン・ヤマムラ

(Susan Yamamura)

@susany

米国生まれ。大統領令9066により、2歳になる前に家族と共にハーモニー強制収容所(ワシントン州ピュアラップ)とミニドカ強制収容所(アイダホ州ハント)に収容される。強制収容に関する記憶の記述は、こちらから無料でダウンロードが可能(英語):Camp 1942–1945

「大統領令9066の発令にも関わらず、父方の祖父母、両親、夫、私はみな、アメリカンドリームを叶えられました。これは米国ならではのことかもしれません」。

元コンピュータープログラマー、コンピューターシステム・ネットワークアドミニストレータ―、アリゾナ大学教授兼理事だった故ハンク・ヤマムラ氏の妻、息子の母。現在はライター、粘土作家、水彩画家として活躍する。

(2017年3月 更新) 


この執筆者によるストーリー

ミノル・タメサ:夕食に来た静かな男 - パート 2

2017年4月12日 • スーザン・ヤマムラ

パート 1 を読む >>昨年、私は「ミノル・タメサ」をグーグルで検索した。理由は思い出せない。夕食に来た、物静かで、若くして老け込み、繊細で、ほとんど弱々しい感じの男とはまったく違う、ちょっと「タフガイ」のような若い頃の彼の写真を見つけて驚いた。中年のミンを知っている人は、まだほとんどいないだろうと思い、彼との思い出をディスカバー・ニッケイのFacebookページで共有することにした。彼との思い出をもっと知っている人が名乗り出てくれることを期待したのだ。結局、ケ…

ミノル・タメサ:夕食に来た静かな男 - パート 1

2017年4月11日 • スーザン・ヤマムラ

私が子どもだった頃、ミノル・タメサは私にとって、感謝祭やクリスマスのディナーにやってくる静かな男性でした。私たちが第二次世界大戦の強制収容所から解放された後、祝日の食事はシアトルのサウスパーク地区にある私たちの家で行われました。ミノルの父、ウハチも一緒に来ていたはずですが、私はそれらのディナーにウハチがいたかどうかは覚えていません。しかし、彼が私たちにくれた比類なく美しくおいしい桃は覚えています。タメサ果樹園で育った、巨大で黄金色、オレンジと赤の色合いをした、ジューシーで甘…

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