ロザ・トメノ・タカダ

(Rosa Tomeno Takada)

日本移民のゆかりの地と知られているバストス生まれ。娘2人、息子2人の母親で、目に入れても痛くない孫が3人。料理するより食べる方が好き。末っ子の息子はおばあちゃんの影響か、料理上手でグルメ。毎年、庭の桜の開花を待ち望んでいる。18歳からクリスチャンであり、賛美歌を歌うのが一番のしあわせ。

(2012年9月 更新) 

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Nikkei Chronicles #1—ITADAKIMASU! A Taste of Nikkei Culture

おふくろの味:ドナ・シズカのマンジョカのみそ汁

母は3歳でブラジルに移住し、子どもの頃から森林の中で見つけた食べられる物は何でも食べていました。食べられる物と食べられない物の区別も知っていました。ヤモリからアルマジロまで、何でも食料になっていました。14歳で結婚し、バストスという町の近郊の養鶏場に住みつきました。 今でも私の記憶に残っていることは、母の作った物は何でも美味しかったことです。味付けはシンプル。塩、ニンニク、レモン、ラード、ねぎとショウガでした。父は味にうるさく、若かった母にいろいろ教えていました。父は人参の若葉のてんぷらをカリカリにさせるのにピンガ1をころもに入れていました。どんな雑草でも母の手にかかったらごちそうになっていました。とても懐かしく思い出します。 家の周りはピッコンという雑草がたくさん生えていました。今では薬草として使用されていますが、当時、母はピッコンの若葉をほうれん草の代わりに使っていました。酢みそ(味噌とレモンと砂糖)であえると、私たちが大好きなおひたしになりました。 母の福神漬けは特別でした。旬の野菜を多量に漬けて、それを子ども全員に配っていました。一週間かけて作った福神漬けは食欲をそそるパリパリな野菜の漬物でした。現在、あのような福神漬けを作る人はもういないと思います。人参、ハヤトウリ、ナス、大根、ゴボウなどをさいころ型に刻んで、塩漬けにして、重石をし、翌日には塩抜きをしていました。…

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