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ジョン・ニシオ はパサデナ市で生まれ育ちました。彼は寿司職人になる前に、40年近く陶芸に関する事業を営んでいました。引退後、彼は広大な日本庭園の手入れや、The Grateful Crane Ensemble (鶴の恩返しの会)のために広東式飲茶料理の調理などで忙しく過ごしています。彼と彼の妻は2011年の福島の震災と津波の生存者に贈る資金集めを行う同会を主宰しています。この会では、東日本大震災の被災地復興のため資金集めをしており、ニシオ氏はそのイベントにおいて広東料理を調理しています。
ニシオ夫妻は毎年家族のために餅つきを行なっています。二人は家族や日系人の歴史の記録に熱心で、語り部のような存在です。「家族の絆を深め、私たち家族の歴史を次世代へと語り継ぐことを夫婦のミッションにしています」
(2017年2月 更新)