松本 ゲンノスケ

(まつもと・げんのすけ)

1889年8月1日、千葉県布佐(現・我孫子市)生まれ。若くしてワシントン州シアトルに移住し、貿易商店に勤務する。その後、友人であり同じ千葉出身の移民、タイスケ・タカハシの妹(姉)と文通を始め、日本に一時帰国し、登美子と結婚する。二人はシアトルで果物店を営み、世界大恐慌後はロサンゼルス中心部でスーパーの経営を始める。真珠湾攻撃後は3人の子供たちと登美子の母、イクと共にサンタアニタパーク競馬場、次にワイオミング州ハートマウンテンに強制収容され、ここで松本緑葉という号で短歌を詠み始める。短歌結社『アララギ』の会員。1977年に亡くなった。

(2018年10月 更新)

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Nikkei Uncovered: a poetry column

思慕 

今月は、松本登美子さんと松本ゲンノスケ(号:緑葉)の日本語の短歌をお楽しみください。千葉県出身の二人は、千葉で知り合い、結婚。その後、シアトルへ移り住みますますが、第二次大戦中はワイオミング州のハートマウンテン強制収容所へ収容されました。ここでは、二人の詠んだ哀歌を取り上げます。 — トレイシー・カトウ=キリヤマ * * * * * 松本登美子氏は、1900年8月30日、千葉県中野(現・君津市)生まれ。1920年代前半にシアトルに移住する。1943年から45年、ワイオミング州ハートマウンテンの強制収容所に家族と共に勾留され、ここで『加州毎日』の歌壇選者だった歌人、高柳沙水に師事し短歌を学ぶ。1955年、年始に皇居で行われる歌会始(うたかいはじめ)に入選し、短歌が詠まれる。1958年、短歌結社『歌と鑑賞』に参加し、1960年には夫のゲンノスケと歌集『ミシガン湖畔』を出版する。孫のナンシー・マツモトがこの歌集の英訳版を編集し、近く刊行が予定されている。 木の間がくれ 沸く真清水に 月光のすがしきさまは この国に見ず * これは1955年の歌会始の御題「泉」に提出され、選ばれた作品で、1960年に発行された「ミシガン湖畔」にて集録されたものです。著作権は孫のナンシー・マツモトさんへ帰属します。 * * * * * 松本ゲンノスケ氏は、1889年8月…

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