ジョルジ・ナガオ

(Jorge Nagao)

1952年生まれ。サンパウロ州ヴェラ・クルス出身。サンパウロ市居住。80年代、新聞「Folha de São Paulo」のユーモアページや有名なユーモア週刊誌「Pasquim」に投稿。2010年から 「Nippak/Brasil新聞」のコラムニスト。www.algoadizer.com.br にもコラボ。


(2014年11月 更新)

community pt

ニッケイ物語 5—ニッケイ語:家族、コミュニティ、文化の言葉

Nihongo vai e vem

Tadatoshi e Setsuko, meus pais, chegaram à capital paulista, vindos de Vera Cruz, interior de São Paulo, em 1955, com 5 filhos.  Depois de uma breve passagem por uma casa na zona leste, no distrito de Ermelino Matarazzo, meu pai adquiriu um mercadinho/mise, próximo dali. Como os fregueses não aprendiam a pronunciar seus nomes, Tadatoshi virou Mário e Setsuko, Helena. Seu Mário e Dona Helena, tiveram que se comunicar em Português com os fregueses, com todas as dificuldades inimagináveis. Assim, o nosso Nihongo ficava restrito a algu…

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identity en ja es pt

ニッケイ物語 3—ニッケイ人の名前:太郎・ジョン・フアン・ジョアオ?

日本名について

日本名の響きは、ブラジル人にとって、奇妙に聞こえる。最初の移住者は自分にもブラジル名を選んで、子どもにも「ガイジン1」の名前を付けた。こんな小話もある。一世の父親が息子に名前を付けるとき、友人が「アントニオかジョアオンかカルロスを提案するよ」と言うと、「提案する」というポルトガル語「sugiro」を名前だと思い、その3つのブラジル名を無視し、息子に「スジロウ」と名付けた。 私の友人シゲル・イエツグが新しい上司に自分の名前を何度言っても、上司は、どうしても聞き取れなかった。仕方なく、部下を「パウロ」と呼ぶようにした。 日系人だったら、自分の名前にまつわる可笑しいエピソードや当惑させられた経験など必ずあるはずだ。だから、自分の名前がいろんな風に発音されてしまうことも気にしなくなった。 ある時、私は超音波検査のため、水を6杯も飲んで、検査の順番を待っていた。とても長い間、今か今かと待っていた。やがて「ジョルジ・・・ガオゥン」と呼ばれた。長い廊下を歩いて行くと、何が可笑しいのか、皆が私を見ながらにやにやしながら、笑っていた。係りの女性も笑い転げていたので「なんで笑ってるんですか?」と聞いた。 「すみません。お名前をジョルジ・ネガオゥンと呼んでしまったのです」と、間違えて発音したことを認めた。小麦色の肌の女性は恋人を思い出して、「ネガオゥン2」と言ったのだろう。 見合いのよう…

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