ハビエル・タカラ

(Javier Takara)

ハビエル・タカラ(ペンネーム)氏は、沖縄系の日系三世であり1965年にリマ市で生まれ。父方の祖父母は久米島出身で、母方は糸満出身。1989年に、出稼ぎ労働者として日本に行き、現在は神奈川県座間市に在住している。自身のブログにエッセーなどを掲載している。 elblocdejaviertakara.blogspot.com.

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ニッケイ物語 5—ニッケイ語:家族、コミュニティ、文化の言葉

私がウチナーンチュであることを知ったきっかけ

小学校に入学した頃、私はリマのヘススマリア地区アルナルド・マルケス通り11区に祖父母と住み、のんびりした生活を送っていました。この地区の住人の多くは、先住民かアフリカ系黒人のルーツをもっていました1。しかし私の通っていた学校、時習寮サンタ・ベアトリス(Jishuryo Santa Beatriz)校の生徒のほとんどはチーノス(chinos2)だったので、とても驚いたことを覚えています。その衝撃に慣れるまではかなりの時間を要しました。当時、私の友達の多くは、オバー(祖母)があまり付き合わない方がいいと警告していた地元の「土人 “dojin3”」だったからです。 入学して間もなくのある日、休み時間に何かの会話の中で、私は「ジョーリ “jōri”」(サンダルのこと。ペルーの俗語では「サオヨナラス sayonaras」という)という言葉を使いました。すると、クラスメイトの一人が驚いたかのように黙り込んで私を見ました。そして私を指差して他の仲間に「おーい、みんな聞いたか?ジョーリって言ったよ」と。そうすると、もう一人が不思議そうに「ジョーリ?」。 そして、彼らは大笑いをしたのです。私にはなぜそんなにおかしいのか分かりませんでした。私を指したクラスメイトは、私をみて「ジョーリじゃないよ!それは草履 “zōri” …

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