深沢 正雪

(ふかさわ・まさゆき)

1965年11月22日、静岡県沼津市生まれ。92年にブラジル初渡航し、邦字紙パウリスタ新聞で研修記者。95年にいったん帰国し、群馬県大泉町でブラジル人と共に工場労働を体験、その知見をまとめたものが99年の潮ノンフィクション賞を受賞、『パラレル・ワールド』(潮出版)として出版。99年から再渡伯。01年からニッケイ新聞に勤務、04年から編集長。2022年からブラジル日報編集長。

(2022年1月 更新)

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アマゾン=河民の生活向上に尽くす ~格差社会に挑む日本人~

第4回 電線が文明とのへその緒

>> 第3回毎月船で巡回保健指導に「ボン・ジーア!」。子供たちは好奇心丸出しの表情で一行を迎え、一斉にあいさつする。HANDS職員らが口内の模型を使って、歯ブラシの使い方を教える。 イガラペジーニョ生まれのジョアキン・カバウカンテ・ダ・シルバ校長(31)によれば、ここには五十六家族、三百二人が住んでいる。生徒数は百六人、その大半が集まってきている。 市遠隔地教育局の教師グラージス・シダーデ・テリスさん(38)は、一人芝居のように大げさな動作で「土に落ちている果物は洗ってから食べる」「食事の前には手を洗う」「トイレの後には手を洗う」「食べたら必ず歯を磨く」と何度も唱和させる。 都会では当たり前のことでも、そうでない世界に河民は生きている。 職員のジルソンさんは寄生虫の予防について、子供たちに説明する。井戸水やわき水、川の水はそのまま飲むと危ないから、親にイポクロリットを入れて殺菌してから飲むように伝えて、と子供たちにいう。 ここはセントロから七キロしか離れていないが、遠隔地コミュニティと同じ生活パターンだという。セントロまでの道路が最近通じたが、自動車がない。歩けば片道一時間二十分かかる。セントロから近いので先生は毎日船で通っている。 校長によれば、セントロから電線が〇四年に敷設され、「それまではランプ生活、テレビもなかった」という。 人一人やっと通れる土道沿いに、文…

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第3回 市長が匙を投げる教育

>>第2回巡回授業で保健指導を「こんなに広い面積で州から下りる市予算はわずか。市民の保健、教育を完璧にやることは不可能だ」。再選を決めたばかりのエメルソン・ペドラッサ・デ・フランサ市長は、十月二十九日に共にした昼食で眉をしかめてそう言った。 地元自治体すらお手あげの場所で、教育局と保健局と提携しながら、定森さんは「アマゾン遠隔地学校における健康作りプロジェクト」を〇七年九月から進めている。 今回は第二段階で、第一段階としては「アマゾン地域保険強化プログラム」(〇三年十月~〇六年三月)も実施した。共にJICAブラジル事務所の支援を受けている。 第一段階では地域保健員への教育を行った。これは連邦政府の制度で、地域ごとに一人指定し、保健衛生などの指導をする有給の役職だ。ここでは五百六十二レアルが月々支払われている。 地元関係者によれば、本来は各コミュニティが自主的に人選するはずだが、現実には、衛生知識あるなしに関係なく市議らが指名する形になっていることが多く、役割が果たせていなかった。 かつて五年間、地域保健員をした経験のあるジルソンさんは「HANDSが活動を始めるまで、保健員はなにもしてないも同然だった」と振り返る。「血圧計、体温計、体重計すらなかったし、使い方も知らなかった。基礎的な保健知識もみんな持っていなかった」。 立派な制度があってもしっかり運用されてないから、問…

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第2回 陸の孤島マニコレ

>> 第1回遠隔地は半自給自足で週に三便しか飛ばない十八人乗りプロペラ機で一時間ほど行くと、樹海の真っ只中に忽然とマニコレ市が現れた。アマゾナス州都マナウス市から南に三百三十三キロ近く、船なら二晩かかる。もちろん、道路はない。 市といっても面積はオランダ国とほぼ同じ、日本なら九州ぐらいの広さがある。セントロという市街地に二万一千人、マデイラ川沿いの約二百八十のコ ミュニティなどに計二万五千人が住んでいる。計四万六千人の人口だが、州内の六十二自治体の中で六位だというので、実は大きい方だ。 中心街(セントロ)といっても道路に信号もない、エレベーター、エスカレーターもない、二階建ての建物も市役所以外はほとんどない。道行く人の大 半は徒歩か自転車で、まるで申し合わせたかのようにサンダル履きだ。百五十CC程度の小型バイクも走っているが自家用車は実に少ない。 川沿いにあるコミュニティの多くは十~六十家族しか住んでいない。彼らのことを、ここでは河民(リベリーノ)と表記する。もちろん、道路もない、電話もない、医者もいない。文明からは遠く離れた場所にある。 ◎   ◎ セントロから船で六時間離れたジェニパポ2というコミュニティで生まれ育った二十歳、マリア・デ・ジェズスさんは「コミュニティはおいしい魚がいっぱい、浜辺もあるし、ゆっくりした生活がおくれる」という。半自給自足の生活をしてい…

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アマゾン=河民の生活向上に尽くす ~格差社会に挑む日本人~

第1回 子供を階段から蹴落とす

貧乏旅行でのぞいた現実彼ほど庶民階級のブラジル人に親身になって尽くしてきた人は少ない。定森徹さん(40、千葉県出身)は移民ではない。だが、大学卒業以来、十七年を 伯国で過ごしている変り種だ。聖市ではモンチ・アズールのファベーラ、セアラ州、そして現在はアマゾナス州マニコレ市に住み、JICAブラジル事務所の支 援で、遠隔地住民の生活向上に尽くすプロジェクトを進めている。一貫して庶民の生活向上に関わるボランティア活動を行う定森さんの軌跡を追った。 国際ボランティア活動に足を踏み入れたきっかけは、学生時代に中南米を放浪して感じた格差社会の現実だった。 八九年、大学三年生の時、メキシコから貧乏旅行でアルゼンチンまで下った。ブエノス・アイレスのレストランで、Tボーンステーキを食べていた定森さんのテーブルに、路上生活している子供が近寄り「骨をくれ」と頼んだ。 「いいよ」と渡したとたん、店員が飛んできて子供を店から引きずり出して、入り口の階段から蹴り落とした。 「犬にもやらないこと」と定森さんは唖然とし、強烈なショックを受けた。「なんでこんなことが起きるのか」。日本とは全く違う現実が目の前に展開された。「貧困についてもっと知らなければ」と考え込んだ。 九二年、日伯交流協会の研修生として来伯。約一年間、サンベルナルド・ド・カンポ市へ派遣された。「一年ぐらいファベーラで活動してみたいと…

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