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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2025/6/8/to-the-frontier-via-little-tokyo/

街から、未知へ ~ To the Frontier via Little Tokyo ~

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LAXに宇宙港が開設されてから、もう一世紀近くも経つらしい。

地球-火星間を二日と十時間で結ぶ定期シャトルは週に二便。おれは数年ぶりに訪れた地球で一週間の滞在を満喫する予定だった。

アメリカ合衆国カリフォルニア州は、地球を凝縮したような地質と多彩な文化を体験できる行楽地として、異星からの旅行者にも人気の観光名所だ。おれは短い休暇を最大限に楽しむべく、連れの友人と共に綿密な計画を立ててきた。

手始めにロングビーチの水族館で神秘的な海洋生物に魅了され、砂浜に打ち寄せる波を裸足で堪能したおれたちは、ビッグベアー山でスノーボードに挑戦し、森に囲まれたロッジでは満天の星空から火星を探し当てた。モハヴェ砂漠で砂丘によじ登る頃には、軽いホームシックにかかっていた。

最終日の朝、おれたちはロサンゼルス近郊に戻ってきた。帰りのシャトルの発射時刻は夕方五時。旅先での予期せぬハプニングに備えて、半日の自由時間を確保しておいたのさ。

友人はしばしの別れを告げてハリウッドまで足を延ばした。あいつは火星生まれ火星育ちのくせに、宇宙開発黎明期だった頃の地球のSFが好きなんだ。ウォーク・オブ・フェームで作家のジーン・ロッデンベリーや俳優レナード・ニモイのプレートを見物してから、おれと合流して寿司屋に向かう予定だ。ジョージ・タケイが俳優仲間を泣かせたという「ワサビ」に挑戦したいんだとさ。

単身バスに乗り込んだおれは、車窓越しの空を見上げた。南カリフォルニアの開放的な空と太陽は、おれの育った火星に似ている。違うのは、遥か頭上で椰子の葉が海からの風にそよいで手招いていることくらいか。都心に近づいているというのに、ビルに囲まれた街角には、花と緑がやけに映える。

リトル・トーキョー、と車内アナウンスが薔薇のような声で告げた。おかえりなさい、と言われている気がした。理由は明白だ――ここがおれの出生地だから。

憶えていることは少ない。まだ人類が銘々の国籍を称していた頃、日本人とアメリカ人の血を引く両親は、幼いおれを連れて開拓期の最中にあった火星へと移住した。あの頃は宇宙船の性能も低くて、直行便でも向こうに辿り着くまで三週間近くもかかったんだぜ。

片道切符のシャトルの客席で、おれは何度も訊ねたっけ――「どうして知らない所に行くの」と。親父が何と答えたかは忘れてしまった。より良い生活環境だったかもしれない。就職口や経済的な理由だったかもしれない。それとも単なる冒険心か?

上手く行きっこないよとヘソを曲げるおれに、おふくろが励ましの声をかけたのを憶えている――「向こうにも、慣れない場所で頑張っている地球人が大勢いる。みんな助けあって暮らしているのよ」。

両親は移住先での成功を頑なに信じていた。どんな困難に見舞われようとも、それだけは決して曲げなかった。何を根拠にそんな確信を抱いていたのかは、今もって不明だ。そんな謎を解き明かしたかったのも、今回の旅におれを駆り立てた動機のひとつだ。

火星への移住後、地球を訪れるのはこれが二度目だった。五年前、両親が出会ったという思い出の店を訪ねて、おれは家族でこの場所を訪れた。リトル・トーキョーに足を踏み入れたおふくろの第一声は、「あんなにいた日系人たちはどこへいったの?」だった。

その昔、万単位の日系人がロサンゼルスに暮らしていたという。時代を経て様変わりした街並みに、当時を忍ぶ面影は少ないのだろう。かくいう両親だって、この地を離れた者のうちに数えられる。社会の変遷を、誰も責めることはできないさ。

おれは町のシンボルである火の見櫓(ファイア・タワー)を目印に、ヴィレッジ・プラザへと向かった。前回この街を訪れた時、両親はここで待ち合わせていた祖父母と感動の再会を果たした。おれは祖母がほとんど英語を話さないことに驚いた。昔は大変だったのよと、彼女は笑いながら通訳機ごしに答えて、様々な苦労話を聞かせてくれた。笑顔だけが万国共通の言語なのだと教えてくれたっけ。

今でこそテクノロジーの進歩によって、言葉の壁なんてのは旧世界の遺物と化している。だから異なる言語環境で暮らすなんて想像もつかない――そう思っていた矢先、おれは火星の異星人街で小っ酷い経験をした。地球人への偏見もあっただろう。おれは異星人の経営する店で、あらぬ窃盗の疑いをかけられたのさ。

自分の意思が伝えられない悔しさやもどかしさよりも、誤解を招くかもしれないという恐ろしさに、おれは目の前のすべてを投げ出して地球人居住区に逃げ帰りたくなった。それでも踏ん張って危機を脱することができたのは、祖母のあの笑顔を思い出したからかもしれない。忍耐や粘り強さといった精神力は、日本から持参したものだろうか。おれも肖りたいところだ。

言語といえば思い出すエピソードがある。学生時代、同級生たちと話をしていた時のことだ。そこには親の都合で火星に一時滞在している子供もいれば、おれのように移民として暮らす子供、友人のように地球に降り立ったことのない子供もいた。彼らが地球に向かう時の言葉を無意識に使い分けているらしいことに、おれは気づいた。つまり地球に「行く」派と「帰る」派がいた訳だ。

そうしておれは、いつしか自分が火星を故郷(ホーム)と認めているらしいことを知った。移住するまでは縁もゆかりもなかった土地なのに、住めば都なんてよく言ったものさ。

そんな記憶を思い巡らせながら、おれは平日午前の閑静なヴィレッジ・プラザの散策を始めた。開店時間を迎えたばかりの商店や飲食店の客足は疎らだ。店先で店員同士がお辞儀を交えた挨拶を交わしている。

軒先に掲げられた日本語と英語の看板を眺めながら、おれは足を進めた。この街で両親が出会わなければ、おれは生まれなかっただろう。そんな場所だから、整然と並んだ敷石の一枚一枚にさえも、どこか厳粛なものを感じた。

ひとつの国の風土に同化した異邦人街は、異なる風習と価値観を有する人々が通じ合えた交流の証だ。双方の理解と受容なくしては成り立たなかっただろう。現地人と移民の間に生じる軋轢や苦労はおれも知っている。だからこそ、文化の垣根を越えて助けてもらった時の有難さは、身に沁みてわかる。

火星に越してから、家族ぐるみで世話になった恩人がいた。義理堅いおふくろは、この恩はいつか必ず返すと感謝の言葉を繰り返したものだ。けれどその度に恩人は首を振ってこう言った――「新天地で苦労するのは誰だって同じ。私に恩を返すよりも、これから先、この土地を訪れて困っている人がいたら、ぜひ力になってあげて欲しい」。

なるほどな、とおれは思った。新参がどんなに頑張ったところで、先駆者に施せるほど豊かになれるという保障はない。それよりも助け合いの輪を広げていく方が、ずっと前向きで堅実だ。

商店街を一巡りしたおれは、午後まで時間を過ごせる場所を求めて周囲を見渡した。一人で入店するのは何となく気が引けて、後で友人を誘ってみようと気になる店に目星をつけてから、大通りの交差点に戻った。

ここがおれの原点であることは事実だ。しかし大いなる発見や啓示を期待してきた訳じゃない。空き時間の気ままな一人旅など、こんなものだろう――そんな風に考えながら横断歩道を渡った。前方には大型の建造物が立ち塞がっていた。

あれは日系人の歴史博物館であると、前に両親から教わっていた。だが過去の出来事には無関心だったおれは広場を通り過ぎ、穏やかな日差しの降り注ぐ展示館を横目にぼんやりと歩き続けた。行き着いた先は、星条旗の掲げられた石造りのモニュメントだった。

おれは正面に立って、そこに記された碑文を読んだ。第二次世界大戦で活躍した日系人部隊を称える記念碑らしい。石碑は先人への敬意を表して黒く磨き抜かれていた。

戦争か――考えるだけで寒気がする。火星に設立された地球の植民地は十三基。どこも関税や貿易の取り決めを巡って地球政府と対立し、その折り合いは年々悪化している。

ある時、火星政府の樹立と地球からの独立を支持する論説を読んだ友人が、こんな質問を投げかけた。

「もしも地球と火星が戦争になったら、おまえはどっちにつく?」

わからないと答えて、おれは肩を竦めた。興味本位で訊ねたのだろうが、おれの胸には不安が過った――おれは地球で生まれた地球人か? 火星で育った火星人か?

友人は言った。

「ここが僕の故郷だ。有事の時は、この惑星(ほし)を護りたい」

正直なところ、おれの心は友人への同意に傾いていた。だが地球への郷土愛を忘れない両親の手前、おれは沈黙を通した。その問いは、今も生きている――生きて、冷酷かつ切実に、おれの平常心をかき乱すのさ。

おれは記念碑を見つめた。かつて同じ問いを自らに向けた人たちがいた。守るべきもの、貫くべきものを、選ばなければならなかった人たちが。迷う者もあっただろう。後悔する者も。おれは唐突に、会ったこともない戦士たちに親近感を覚えた。

歴史なんて教室で習うだけの他人事だと思っていた。でも、そうではないのかもしれない。人生に正解がないように、歴史に答えはないだろう。それでも過去から学べることはあるはずだ。

足早に交差点まで戻ったおれは、いつか隆盛を誇ったその街並みを、やや新鮮味を伴う感慨に打たれながら眺めた。

歴史(ヒストリー)は「彼の物語(ヒズ・ストーリー)」だって? ――いや、違う。それは遠く過ぎ去った誰かの記録ではなく、今日まで引き継がれ、おれの目の前に確かに息づく、この鮮烈な現実(リアル)ではないか。

多くの日本人や日系人にとって、この街は終着点(ゴール)ではなかっただろう。それは出発点であり、中継点であり、終生の拠(よりどころ)であった。今でも街は、ここから発った人々の心に、思い出に、寄り添う。

異国の地に築かれたトーキョーは、縁あってそこに集う者を憩わせ、慰め、励まし、各々が模索するアメリカン・ドリームへの架け橋となって、彼らを更なる挑戦へと導いた。この街から、どんな人々が旅立っていったのだろう。何を求めて、この大陸に横たわる広大な大地を渡っていったのだろう。

この地で出会い、宇宙(そら)を見上げた両親も、同じ意志を抱いていたに違いない。二人は知っていたのだろう、かつて先人たちが踏みしめた道と、そこに刻まれた困難と成功の軌跡を。だから確信を持って歩き続けることができたのだ、故郷(ふるさと)を遠く離れた未知なる土地でさえも。

不意に気づいた――おれは何も知らないのだ。二人の信念を確たるものにしたであろう、彼らのニッケイたる所以を。

無知を恥とは思わないさ。だが知ったかぶりなんて、恰好つかないだろ?

おれは手元のデバイスで時刻を確認すると振り返り、階段の先に悠然と佇む博物館へと歩き始めた。過去を紐解く時間は、まだあるはずだ。

この小さな街(リトル・タウン)の物語を、日系人の歴史を――おれの未来(あした)を。

* * * * *

俳優の竹嶋利仁さんによるあおいうしおさんの作品「街から、未知へ ~ To the Frontier via Little Tokyo ~」の朗読。第12回ショートストーリーコンテストの日本語部門での最優秀賞作品。2025年6月7日開催の第12回イマジンリトル東京ショートストーリーコンテスト授賞式にて。リトル東京歴史協会主催、全米日系人博物館ディスカバーニッケイプロジェクト協力によって行われました。

* * * * *

* このストーリーは、リトル東京歴史協会による第12回ショートストーリーコンテストの日本語部門での最優秀賞作品です。

 

© 2025 Ushio Aoi

カリフォルニア州 フィクション イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト(シリーズ) リトル東京 ロサンゼルス サイエンス・フィクション アメリカ合衆国
このシリーズについて

毎年行われているリトル東京歴史協会主催の「イマジン・リトル東京」ショートストーリー・コンテストは、今年で第11回を迎えました。ロサンゼルスのリトル東京への認識を高めるため、新人およびベテラン作家を問わず、リトル東京やそこにいる人々を舞台とした物語を募集しました。このコンテストは成年、青少年、日本語の3部門で構成され、書き手は過去、現在、未来の設定で架空の物語を紡ぎます。2024年6月1日に行われた授賞式では、ショーン・ミウラを司会とし、俳優の伊藤歩、カート・カナザワ、クローイ・マドリアガが、各部門における最優秀賞受賞作品を朗読しました。

受賞作品

  • 日本語部門 
  • 英語・成年部門   
    • 最優秀作品:  「Fall Seven Times」 サツキ・ヤマシタ  
    • 佳作: 「Divided」 アリソン・アキコ・マクベイン


  • 英語・青少年部門 
    • 最優秀作品: 「My Time With You」 ジョセフィン・タニグチ  
    • 佳作: 「The Strongest Community」  ディーン・イノクチ

 
* その他のイマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテストもご覧ください:

第1回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第2回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第3回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第4回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第5回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第6回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第7回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第8回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第9回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第10回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第11回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>

 

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執筆者について

あおいうしお(ペンネーム)は、両親と共にアメリカに移住した日系一世のアメリカ人。日本語が好きで英語は苦手。言語で苦労した経験から、伝えることの大切さを学ぶ。趣味の創作活動を楽しみながら、オリジナル小説やファンアートを自身のウェブサイトで公開している。

(2025年6月 更新)

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