本連載の第22回目は、松風デンタルブラジル社の原島知巳社長(54、2世)に話を聞いた。
同社は京都に本社を置く歯科材料及び歯科用機器を製造・販売する株式会社松風の販売子会社として、2017年に設立された。本格的な営業を開始してから約5年、品質を重視する歯科医にとって「メイド・イン・ジャパンへの信頼は日本人以上」と、ブラジルの同業者にも驚かれるほど急速に知名度が伸びている。
社長から社員まで総歯科医師のチーム
「弊社は社長、副社長から社員まで全て歯科医というチームでマーケティングを行っています。これは全世界の松風拠点でも異例のことです」と、松風デンタルブラジル社の特長を強みに事業展開する原島社長。同氏はサンパウロ生まれ育ちのブラジルの歯科医だ。
一般に、医師や歯科医は自らが治療を行うために、医療機器や歯科材料などについて、販売に来る営業マン以上に知識が豊富なことも多い。そのため、医師でないビジネスマンが営業をする場合、やりづらくなることも少なくない。
「自らが歯科医であるため顧客の歯科医と対等な目線でコミュニケーションがとりやすく、学生時代からの南米全土でのネットワークもあります。それがビジネス上でも信頼の得やすさにつながっています」
本の翻訳をきっかけに事業家へ
原島氏は1995年にサンパウロ大学歯学部を卒業後、2年間はJICAの研修生として昭和大学で学び、帰国後は2021年まで歯科医として患者の治療や後進の指導などに専念してきた。
転機が訪れたのは2016年。日本の歯科技工士が著した『義歯に血の通うまで』(中込敏夫、向井道夫共著)を、ブラジルでポルトガル語に翻訳出版したいという話が松風からあった。当初、翻訳する予定だった人が、より日本語の堪能な原島氏に翻訳を依頼し、ちょうどその頃、仕事以外で何か新しく没頭するものを探していた同氏は、二つ返事で引き受けた。日本語で約200ページ、ポルトガル語では約800ページになる翻訳を4カ月で完成させ、2017年にブラジルで開催された歯科技工士学会に合わせて本は出版された。
同学会には本の著者や日本から松風の社長も参加しており、訳者の原島氏に会いたいと声をかけられた。その際、「ブラジルに松風子会社を設立するに当たり、歯科の知識のある人を探している。社長になってもらえないだろうか」と尋ねられ、「自分は歯科医だし、会社経営をしたこともない」と即断では引き受けることはなかった。
しかし、週一回のアドバイザーから始めて良いということや、松風本社を訪ねた時に風通しの良い社風を感じ、自由に舵を取っても良いと言われたことでやる気に火が付き、2019年に一人のアシスタントと本格的に営業を開始した。
以来、着実に顧客が増え、歯科医の仕事をする時間も取りづらくなるほどで、2021年に同社のビジネス一本に集中することになった。
世界の20%の歯科医を有するブラジル
「ブラジルには世界全体の20%の歯科医が存在し、その60%がサンパウロ州、その半数が州都に集中している。世界の歯科業界において、ブラジルは大きなポテンシャルを秘めている」と説明する原島氏。一方で、国土が広く地域格差や所得格差なども大きいため、ビジネスも画一的ではなく独創性と臨機応変さが求められる。
現在、松風は台湾とドバイ支店の他に、1971年に海外販売拠点の第一号が設立された米国他、ドイツ、シンガポールなどでも販路を拡大し、欧州やアジアの国々でも研究開発や生産が行われている。「他国に比べれば同社はまだ産声を上げたばかり」と言う原島氏だが、営業先では大きな手ごたえを感じている。
バイオアクティブで治療後も改善が続く
松風は1970年代からブラジルでもディーラーを通して義歯材料が販売されてきたため、既にブラジルの歯科医の中では「安心と信頼のブランド」として認知されている。これまでも営業先で会社の説明をするのに時間はかからなかった。
今、同社の製品で最も注目されているのが、マルチイオンによるバイオアクティブ素材を用いた歯科関連製品だ。バイオアクティブの3大特長は、治療部の周囲の歯質に対する「細菌が産生する酸の攻撃を防御」「エナメル質の脱灰を抑制して歯質を強化」「治療部の細菌付着とプラーク形成を抑制」となっている。また、口腔内にイオンが広がることで恒常的に歯の表面がつるつるになり、歯茎の腫れも収まる効果がある。
松風の製品は、原島氏も関わるブラジル国内の社会的に脆弱な人々に対するボランティア医療や大学の研究サポートなどにも納められている。
「歯科医は職人なので、一度使用すれば100%良いと分かってくれる。患者様の口腔状態を改善し、体全体の健康を守りたい歯科医の皆様にぜひご使用いただきたいです」と、製品へのゆるぎない自信をのぞかせた。
松風デンタルブラジル社の概要 |
*本稿は、『ブラジル日報』(2024年2月17日)からの転載です。
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