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1999年渡米、映画監督コービー島田さん

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25歳の時、突然思い立って「自分も海外へ」

コービーさんとは、2024年5月、カリフォルニアのラグナビーチで開催された某日系企業の創立記念イベントで出会った。ゲストではなく、彼はイベントの模様を映像に収めるビデオカメラマンとしてその場にいた。イベントのコーディネーターとして参加していた私は、当日のプログラムについてのやりとりから、「コミュニケーションを取りやすいビデオカメラマン」という印象を即座に彼に抱いた。撮影を依頼した日系テレビ局のスタッフ、またはフリーランスのカメラマンだろうと想像したが、彼が何者であるかは、来賓挨拶に立った日本総領事館の領事が「そこで撮影されているコービー島田さんは話題のドキュメンタリー映画『Dr. Bala』の監督です」とスピーチの中で触れたことで判明した。その途端、私の頭の中には「どんな映画だろう?」「彼はハリウッドで映画を作るために渡米したのだろうか」と、取材前提での疑問が浮かんだ。

『Dr. Bala』の撮影風景。

後日、取材に応じてくれたコービーさんは渡米のきっかけについて、柔和な表情で語り始めた。

「日大の経済学部を出てコンピュータ会社の営業をしていた25歳の頃、高校時代に付き合っていた彼女からのEメールを受け取りました。それには『結婚します。会社を辞めて海外に移住します』と書いてありました。以前からスイス人とお付き合いしているらしいという話は噂で聞いていましたが、私にとっては彼女の国際結婚と海外移住は衝撃的なニュースでした。

それまでは何の疑問も持たず黙々と働いていたんですが、彼女からの知らせで急に日本でおとなしくしている自分がちっぽけな存在に思えてきたんです。それで自分も海外に行こうと突然思い立ちました。どこに行くのか?何をするのか?と考えて、テレビっ子だったし、エンターテインメントの仕事をハリウッドでやるのはどうだろうと。自分も俳優になれるんじゃないか、と今思えば非常に甘い考えでした。それで学生ビザを取得して、1999年、ロサンゼルスにやって来ました」。

「ラストサムライ」や「スパイダーマン2」に出演

単なる友達からの知らせだったら、日本脱出とまではならなかっただろうとコービーさん。「当時はとても身近な存在だった彼女だったから、その彼女が海外に行くと知って、そういう行動に出てしまったんだと思います」。

それだけを聞くと、後付けで理由と目的地を決めた海外留学は短期で頓挫したのではないかと想像できるが、彼は実に25年間、ロサンゼルスに留まり今では映像制作の会社を経営するに至っている。何が四半世紀も彼をアメリカに留めたのか?アメリカに大きな魅力を発見したのだろうか?学生ビザで渡米し、その後、就労ビザはどうやって取得したのだろう?疑問はさらに浮かんだ。

「俳優(養成)のクラスを9カ月受ければ、修了後に働けるOPTをもらえると聞いて、俳優クラスで学ぶことにしたのですが、実際はほとんどESLのクラスで学んでいたので、その期間は9カ月分にカウントされないということが分かり、OPTを諦めました。そこからは学生ビザをキープしながら、役者としてオーディションを受けまくったんですね。ところが誰でもできるだろうなんて軽く考えていた役者の仕事は、当然ながら実は大変でなかなか(オーディションには)受からないわけです。

でも、運は良くて、(トム・クルーズの)『ラストサムライ』や『スパイダーマン2』、『インセプション』といったメジャー映画に出演できたおかげで、SAG(全米映画俳優組合)に入ることができました。さらに俳優学校の友人と自分たちで映画を作ったことをきっかけに、カメラ、音声、照明などの裏方にも興味が湧いてきたので、積極的に自主映画を中心に携わるようになったのが今の仕事へとつながりました」。

「運が良い」というコービーさんはビザの運にも恵まれた。趣味のラグビーを通じて知り合った日本人経営者の会社の映像を手がけたことで、その会社で働くことになり、専門職ビザとグリーンカードを取得できたのだ。

「ビザのスポンサーに協力的だった寛容な経営者のおかげで、その会社で数年働いた後に、映像制作の会社、KOBY PICTURESを立ち上げました。2006年のことでした」。

12年かけて撮影したドキュメンタリー映画

独立後の一番の転機は、冒頭にも触れたドキュメンタリー映画「Dr. Bala」の製作だ。

「2006年、ロサンゼルスに留学していた大村医師とラグビーを通じて知り合いました。彼は翌年からメディカルボランティアとして、カンボジアやミャンマーといった東南アジアで活動を開始。その活動を2019年まで12年間にわたって私は映像で追い続けました。彼は鼻の専門医として、東南アジアで手術を行いながら並行して現地の医師に技術を教えているのです」。

監督作品『Dr. Bala』は、Amazon PrimeやTubi TVでも配信中。写真は大村医師とコービーさん(右)。

コービーさんは、大村医師の活動を映像に残すため、アメリカから東南アジアに自費で飛んだのだという。ポストプロダクションや広告に使うための費用の多くはクラウドファンディングで集めた。さらにコロナ禍を理由に編集に集中する時間ができたコービーさんが魂を込めて完成させた「Dr. Bala」(2003)は、アメリカをはじめ、イギリス、フランス、アジア各国で、実に21もの映画賞にノミネートされた。音楽を担当したのは、2020年アカデミー長編ドキュメンタリー部門受賞「アメリカンファクトリー」のチャド・キャノン氏。「知り合いを通じて連絡が取れたので、お願いしたところ、彼のミッションが『音楽でアメリカとアジアをつなぐこと』だということで、引き受けてくれました」とコービーさんは語る。

撮影、監督、編集を一人で手がけた作品が高く評価され、「エンターテインメントの仕事に携わりたい」という当初の目標は達成されたのでないかと問うと、コービーさんは「そんな思いは全くないです。次はフィクションの長編映画を完成させたいと思って、2年以内に撮影を開始できるように今取り組んでいるところです。『Dr. Bala』に関しては、この2、3年でやれるだけのことをいろいろとチャレンジしました。今年、50歳になりますし、さらに先に進みたいですね」と今後のプロジェクトについて明かした。

元彼女のメールからそれまで思ってもみなかった海外に目が向き、渡米を実行に移したコービーさんだが、日本の外に出たことで母国がより客観的に見えてきたのだと次のように話す。

「日本は素晴らしいモノづくりや技術力を持っているのに、それをアピールすることができていません。個人に関しても、心の中で色々と思っていても、それを表現することをしません。そういう、もっと表に出したことがいいこと、日本人に目を開いてほしいことにフォーカスして、作品を作ってみたいとも考えています」。

日本を飛び出した先のアメリカで、俳優志望から監督にうまくシフトチェンジできた彼になら、日本人へのメッセージとなる作品を秀作に仕上げられるに違いない。今回、コービーさんの四半世紀にわたる軌跡を聞きながら、私は彼に対して「しなやかに物事に対応できる人。しなやかだからこそ簡単には折れない力強い人」という印象を強く持った。ちなみにコービーさんの作品の『Dr. Bala』の「Bala」は、ビルマ語で「力持ち」の意味だと後で知ったのだった。

 

© 2024 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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