渡米したいという希望もなく、英語は得意ではなかった
サンディエゴを拠点に、ファミリーカウンセリングやマリッジカウンセリングのセラピストとして活躍する今村佳代さんは、元々は米軍人との結婚で、2004年にアメリカに渡って来た。
「日本にいた頃、友人が米軍人と婚約した関係で、そのフィアンセの友人と知り合いました。英語も得意ではなかったし、アメリカに行きたいという希望も特になかったのですが、彼と一緒に生活するためにサンディエゴに来ました。ところが、彼のアルコールの問題が深刻になり、結婚生活は破綻。その後に結婚した、子どもたちの父親となるアメリカ人男性とは18年間一緒にいたのですがパンデミック前に離婚しました。以来、大学生の息子と高校生の娘を育てるシングルマザーです」。
英語は得意ではなかったという今村さんだが、実は子どもの頃から家庭の中には英語の環境があった。父親が外国人留学生のホストファミリーを買って出て、常に家には留学生が滞在していたからだ。
「世界中に友達がいれば世界は平和になる、というのが父の考えでした。うちに滞在していた学生は、その後家族を連れて戻ってきたりと、長い付き合いが続きましたね。だから、渡米当初も簡単な日常英会話なら話すことができましたが、日常会話止まりだったのです。最初は周囲の人に『英語が上手ですね』と言われたのですが、5年経っても少しも上達していませんでした」。
日本人妻の手伝いをきっかけに学校に戻る道へ
二度目の結婚後、子どもたちの世話もあり、今村さんは専業主婦として暮らしていたが、同時に、基地の中で困っている日本人妻を助けるボランティアとしても奔走していた。
「ある時、二人のお子さんを連れてシェルター生活をしていた日本人女性に頼まれて、日本に住むお母さんから30万円を受け取って、シェルター暮らしの彼女に渡すお手伝いをしたことがありました。私は、彼女からそのお金の使い道を聞いて驚きました。なんと、30代半ばだった彼女は『この金でまた学校に行く』と言ったのです。私自身も30代半ばでした。今からでも学校に行けるんだということを彼女に教わり、私も学校に戻って英語と資格を身に付けようと決心しました」。
食育に関心があった今村さんは、当初、栄養士の資格が取りたいと希望していた。しかし、通っていたESLのクラスで、心理学の教材に触れたことで進路が変わった。
「日本の大学での専攻が心理学だったこともあり、非常に興味を惹かれたのです。そこで、アメリカでも心理学の分野に進もうと思い、子どもたちを育てながら、大学院を修了しました」。
2017年にセラピストになってからはチャータースクールにカウンセラーとして勤務し、さらにホスピスに移り、「喪失ケア」にも取り組んだ後、独立して現在に至る。今は喪失ケア、トラウマ、国際結婚などを中心にカウンセリングに従事する日々を送っている。
従順な日本的な性格からアメリカで主体性が開花
アメリカに来て約20年。今村さんの価値観や考え方はどのように変わったのだろうか。「主体性が強くなったと思います。日本では女子校に10年通い、周囲との和を重んじて空気を読んでいました。ところがアメリカに来ると『セルフアサーション(自分自身を主張すること)』や『インディペンデンシー(自立)』といった言葉が飛び交っていて、それまで従順な日本的な姿勢だった私にとってはまさに青天の霹靂でしたね」。
現在はアメリカで自立し、セラピストとして働く今村さんは、2024年時点ではアメリカ市民権を取得していない。自身のアイデンティティーをどのようにとらえているのだろうか。
「自己認識としては日本人だと思いますし、(グリーンカード保持者の日本国籍者として)法的なアイデンティティーも日本人です。ただアメリカに来てから、自身の価値観や考え方が影響を受け、変容し続け、帰属意識に関してのアイデンティーは日本にもアメリカにも完全に属さない部類に入っているように感じます」。
置かれる環境も、態度に影響を与えるようだ。「娘に言わせると、私は日本に行くとコミュニケーションの取り方が変わるそうです。人間は動物なので環境に適応するのでしょうね。日本に行けば日本的、アメリカに戻るとアメリカ模様の顔になっているのかもしれないですね」。
今後の計画について聞くと、「日本に引き揚げる可能性もゼロではありません。子どもがまだ19歳と15歳半でアメリカにいるので、彼らが自立するまでは責任があり、アメリカに拠点を置くつもりです。でもその先は、どうなるでしょうか」。
もともと、今村さんの渡米理由は留学ではなく結婚だった。そのように受動的な過去から脱し、自分の可能性を追求するために30代で学校に戻り、セラピストという専門職に就いたことで、彼女はアメリカで「自分が主人公の人生」を手にしたようだ。
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© 2024 Keiko Fukuda