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日系(ニッケイ)—をめぐって

第30回 「セツコの秘密」〜強制収容の記憶

日米戦争のさなか、アメリカの日系人が、国の安全保障上の理由から隔離された事実の重みを伝える本が、また一冊日本で出版された。隔離という強制収容については、これまでも多くの本が日米で出版されているが、このほど日本語訳が出た『セツコの秘密 ハートマウンテンと日系アメリカ人強制収容のレガシー』(シャーリー・アン・ヒグチ著、岩田仲弘訳、イーコンプレス)は、収容の事実を通して、日系人の歴史と心情をつづった読み応えのある一冊だ。

オリジナルの『Setsuko's Secret: Heart Mountain and the Legacy of the Japanese American Incarceration』は、2020年にUniversity of Wisconsin Pressから出版された。

著者の シャーリー・アン・ヒグチ=Shirley Ann Higuchiは、1959年にアメリカで生まれた日系3世。ジョージタウン大学法科学院修了の法務博士で、ワシントンDC弁護士会長などをへて、日系人が強制収容された場所のひとつである、ワイオミング州・ハートマウンテン収容所の跡地を保存する「ハートマウンテン・ワイオミング財団」の理事長となる。2011年には、同収容所跡に当時の事実を保存・記録し広く知らせる博物館(解説センター)を開設した。


知らなかった母の一面

通常の単行本より一回り大きなA5版で、本文だけで359ページ。タイトルにある「セツコ」とは、著者の母親のことで、戦時中にハートマウンテンに収容されていた日系の2世だ。3世の著者は、その事実は知っていたが詳しい内容、そして母や日系人の人生にその経験がどのような意味を持っていたか、といったことについてはほとんど知らなかったし、長い間それほど関心もなかった。

それは、著者と同年代の日本人が、自分の親が戦争とどうかかわったか、といったことについての対応と似ているのかもしれない。ただ違うのは、単なる世代のギャップではなく、著者もいうようにまず日系人はアメリカ社会のなかで「モデル・マイノリティ(優等生の人種的少数派)」であり、さらに日系3世は、他の「普通の」アメリカ人よりも社会に同化し、秀でていなければならなかった、という点である。

この点からすれば、アメリカと戦った日本にルーツをもつ日系人の歴史にこだわるようなことは、優等生的とはいえず、それゆえルーツに深く関わることを避けていたともいえる。

しかし、アメリカ社会で社会的地位もあり“優等生的”であった著者は、母セツコが不治の病に侵され、残りの人生が少なくなったときから、それまでの日系に対する認識が変わる。初めて、母がハートマウンテンに何かを残したい、ということ(セツコの秘密)を知り、さらにその死後、ハートマウンテンで母がどのような体験をしたかを知ることになったからだ。


日系の歴史と向き合う

2世である母は、戦後、アメリカの理想を絵にかいたような生活を目指し、実践してきたと、子どもたちの目には映っていた。しかし、その一方で子どもたちには知られることがなかったが、収容所での経験に対する特別な思いを抱いていたのだった。

母の死後、娘としてハートマウンテンを訪れたとき、著者はさらに母の真意を理解した。と、同時に日系である自分のアイデンティティを自覚し、その歴史をたどる旅へと導かれた。これ以後、著者は母の遺志を継いで強制収容を教えるための博物館を現地につくることに邁進する。

これまで顧みることがなかった、自分のルーツに関わる出来事を掘り下げていき、やがて同じ目的をもつ日系アメリカ人らと博物館を開設する。本書は、そこに至るまでの著者の思いと活動の記録ともいえるが、中核をなすのは、自身の家族や、著者が活動の過程で深く関わった著名な日系人の家族の歴史を通して、戦争(収容時代)を挟んだ日系人の歴史をとらえている点である。

登場するのは、ハワイ生まれで、戦時中は日系部隊である陸軍の第442連隊戦闘団に所属し、戦闘で片腕を失い、その後長年連邦議会議員を務めたダニエル・イノウエをはじめ、ハートマウンテンを出たあと、連邦下院議員を経て、クリントン政権とジョージ・ブッシュ大政権の下で閣僚を務めたノーマン・ミネタ。ハートマウンテンに収容中に徴兵を拒否して刑務所に送られたが、朝鮮戦争では徴兵され従軍したタカシ・ホシザキ。ハートマウンテンから陸軍に入り、ナチスの強制収容所からのユダヤ人救出に貢献したクラレンス・マツムラ。ハートマウンテンに収容されていたことがあり、その後ユタ州で初めて白人ではない裁判所判事となったレイモンド・ウノの5人だ。


複雑な事情を明らかに

日米開戦後、大統領行政命令9066号によって、日系人はカリフォルニアなど軍事指定地域から強制的に排除される。住まいや商売を手放し、あるいは失い、日系人は全米10ヵ所に設けられた収容所に送られる。

2世のようにアメリカ市民でありながら自由を奪われる。不当な扱いを受けながらも、アメリカへの忠誠の有無を問われ、また徴兵される。これらをどうとらえたらいいのか。人によって抱える事情や思想によっても、受け止め方はさまざまだった。

収容所を出て戦地に赴いた者が大勢いる一方、国家に忠誠を誓うことは否定しないが、国民(市民)であることの権利を収容という形ではく奪しておいて、国に忠誠を誓い、戦えというのは矛盾するのではないか。こうした考えの日系人もいた。ハートマウンテンでは、徴兵を拒否するグループ「フェアプレー委員会」が抵抗を示した。

徴兵を拒否することをどう評価すべきか、著者自身もまた博物館開設の運動に関わるなかで考察する。収容所におけるこうした複雑な状況を、本書では、具体的な事例を積み重ねることによって浮かびあがらせている。


日本との繋がりを感じる

母の遺志を知ることから、博物館を開設させるまでに至った著者は、その“副産物”として、自らのルーツに近づくことができた。それまで著者は日本の親戚とは別世界にいるように感じていた。また、日本にルーツがあったから親や祖父母は強制収容されたと理解していたため、日本とは深く関わらないでいた。

しかし2019年、外務省から日本に招待されたのを機に、父方のルーツである佐賀県を訪ね、そこで祖母の姪と会い、ともに親しみを持つ祖母の話をするなかで、日本とのつながりを初めて強く感じることになる。

著者にとっては、日本に繋がる新鮮な出来事だったのだろうが、日本人の読者にとっても、アメリカのなかでの日系にとどまっていた日系人の関心が、時代を遡り、海を越えて日本に向かって来てくれたことに心を動かされるのではないだろうか。

(敬称略)

 

(cc) DN site-wide licensing statement

Heart Mountain Setsuko's Secret (book) Shirley Ann Higuchi World War II camps

このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。