ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2023/4/6/miyuki-yoshida-2/

弁護士・吉田美由樹さん ー 日本生まれアメリカ育ち、両国の架け橋でありたい ーその2

その1を読む >>

家族のために「温泉弁護士」として活躍

ポートランドから車で約1時間のワシントン州スティーブンソンに母親の別荘がある。テニスが趣味の母親は、体に痛みを覚えた時など、昔からワシントン州カーソンにある温泉に通っていた。

両親は「近くに泊まれる場所があれば」と、そこから車で5分のスティーブンソンに別荘を購入。「そうしたら、“アメリカン・ドリーム”の父が、うちの土地も掘ったら温泉が出るんじゃないか、なんて言い出して……」。専門家を招いて地質探査をしていくうち、27年前、本当に掘り当ててしまったのだ。約2,000フィートもの採掘! それが、美由樹さんの家族が現在経営する温泉施設、テンゼン・スプリングス・アンド・キャビンズ誕生の経緯である。

モダンかつミニマルなデザインのキャビンは常に予約でいっぱい大人が日常から解放されくつろげる場を提供する

「せっかくならば、その源泉で日本の温泉文化を地域に紹介したい」という両親の思いから、最初は保養施設を考えていた。ところが、さまざまな法律や規制をクリアする必要があることがわかり、計画は困難を極めた。「近くにコロンビア川が流れていますが、新規のビジネスにおいては湧き出た温泉を直接川に流すことはできません。それで、使用した温泉水をきれいにして流し入れる井戸を新たに掘らなければならなかったんです」

このルールは「リターン・ウェル」と呼ばれ、サステナビリティーの一環である。しかし、注水用の井戸の採掘はなかなかの難度で、失敗を繰り返した。ようやく成功したのは、20年後の2016年、父親の亡くなるわずか数日前のことだった。ワシントン州の保健局や環境保護局との複雑な法的手続きを一手に担ったのは美由樹さんだ。「すっかり、温泉弁護士を自称しています」と笑顔を見せる。

当初は、サウナやプール、カフェなどを併設した日帰り温泉を予定していたものの、新型コロナのパンデミックが起こり、さらなる計画変更を余儀なくされた。そしてついに2022年夏、露天風呂付きキャビン6軒がオープンした。

テンゼン開業でテープカットを行う母豊江さん。子ども3人の名前に全て樹の字が入っているのは、木のように強く美しく育って欲しいという願いから。「私たち兄妹が自然豊かなノースウエストで育つことになったのは運命なのでしょうね」と美由樹さん。(Photo courtesy of Skamania County Pioneer)

キャビン建設でこだわったのは、エコフレンドリーでプライベートな空間。広大な敷地に建つキャビンは、規模こそ小さめだが、個々の浴槽から景色が楽しめ、各シャワー室にはスチームサウナ機能が。電気自動車用の充電用ステーションも備える。もちろん、目玉となるのは塩素を使用しない源泉掛け流し温泉だ。

使用後の温泉水はろ過され、全て元の水脈に戻される。アメリカの法律では水質維持のため、公共の使用には塩素の使用が義務付けられているが、各キャビンに浴槽を付けることで回避できた。温泉は初めてという顧客が多いが、極上の経験ができたと口をそろえ、オープン1年未満にしてリピーターも少なくないとか。「今度は私自身で、近くにある母の別荘を改築し、露天風呂付きコテージをオープンすることを考え中です。母の名が豊江なので、トヨハウスと呼ぶつもり。家族で借りてもらえるような場所にできたらいいですね」

20年ほど前、父の猛士さんがゴージ地域にソメイヨシノを寄贈し、学校や美術館公園高齢者向け施設などさまざまな場所に植樹された。もうすぐテンゼン前の桜並木も見頃となる。


日本酒ソムリエとしても挑戦の日々

弁護士以外に、日本酒ソムリエとして働く美由樹さん。一見、なかなか結び付かない職業のように思えるが、どんな理由があったのだろうか。

「8年ほど前、在ポートランド領事事務所の天皇誕生日のパーティーに参加したことがありました。フランスのシャンパンで乾杯しているのを見て、不思議に思ったんですよ。日本のお祝いなのになんで日本酒じゃないのかなって」。

利酒師資格取得後も、ニューヨークラスベガス東京とさまざまな場所で日本酒を学び、6つものコースを修了資格取得した。

興味本位でまずは1日、日本酒のクラスを受講してみた。しかし、それだけでは物足りなくなってしまい、結局はロサンゼルスの日本酒スクール、サケ・スクール・オブ・アメリカに通い始める。平日はポートランドで弁護士業、週末はロサンゼルスで日本酒スクールという、尋常ではない忙しさを乗り越え、英語で利き酒師の資格を取得した。今では日本酒のイベント・サポートや、レセプションでのソムリエなどの仕事で飛び回る日々だ。

今後はロンドンに本部を置く世界最大のワイン教育機関、WSET(ワイン&スピリッツ・エデュケーション・トラスト)による難関の日本酒プログラムに挑戦したいと語る。「プログラムは、アメリカ、アジアなどで開講されていますが、発祥の地であるロンドンで受けたいと思っています。ヨーロッパ各地から受講生が集まるので、ヨーロッパ中に新しい日本酒友だちができるかも?」

このコロナ禍では、ワイン好きにも日本酒を勧められるようになりたいと、ワインの勉強も始めた。オレゴン州のワイナリーに履歴書を送り、2カ所でアルバイトとして採用もされた。WSETのワイン・レベル2のコースで学びながら、2カ月に一度はテイスティング・ルームで接客の仕事に就く。「弁護士の友人には、『法律の仕事、してるの?』なんて言われちゃってます」と笑う。

さまざまなフィールドで活躍する美由樹さんの、その原動力は何だろう。「コロンビア大学大学院時代に学んだ、茶の湯の陶芸など、日本の歴史と文化といったものには常に興味を持ち続けていました。日本の文化をシェアしたい、世界に広めたいという気持ちが根底にあるんだと思います」

高校時代には、ポートランドの姉妹都市である札幌から毎年やって来る日本人高校生の通訳を務めていた。その頃から、ふたつの国と文化をつなぐ架け橋でありたいという思いが育まれた。日本で生まれ、アメリカで育った中で培われたアイデンティティーが、今の美由樹さんを支えている。

「人によく贈る日本酒は出羽桜。ブーケのような芳醇な香りが、普段ワイン派の人にもおすすめです。今後は日本酒の輸入にも関わってみたいですね」。美由樹さんの探究心と挑戦心はまだまだとどまることを知らない。

2019年シアトルの寿司職人・加柴司郎氏が、農林水産省により日本食普及の親善大使に任命された際のレセプションに招待を受ける。「Soy Source」誌発行人のトミオ・モリグチ氏と。

 

テンゼン・スプリングス・アンド・キャビンズ
(Tenzen Springs & Cabins)

日本の温泉文化と北欧のスパ文化を融合した、隠れ家的宿泊施設。6軒ある2人用キャビン全てに屋根付きの露天風呂を併設。木々の間より、コロンビア川を垣間見ることができる。成人のみ2泊から受け付け。予約はウェブサイトにて。

932 Berge Rd., Stevenson, WA 98648
https://tenzensprings.com

 

*本稿はシアトルの生活情報誌「Soy Source」(2023年3月9日)からの転載です。

 

© 2023 Hitomi Kato / Soy Source

ワイン アメリカ ソムリエ ワイナリー ワシントン ポートランド テンゼン・スプリングス・アンド・キャビンズ 一世 世代 吉田美由樹 地熱資源 オレゴン州 弁護士 (lawyers) 戦後 新一世 日本 温泉 温泉(springs) 移住 (immigration) 移住 (migration) 移民 第二次世界大戦
執筆者について

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。ニューヨーク市立大学シネマ&メディア・スタディーズ修士。2011年、元バリスタの経歴が縁でシアトルへ。北米報知社編集部員を経て、現在はフリーランスライターとして活動中。シアトルからフェリー圏内に在住。特技は編み物と社交ダンス。服と写真、コーヒー、本が好き。 

(2021年5月 更新)

様々なストーリーを読んでみませんか? 膨大なストーリーコレクションへアクセスし、ニッケイについてもっと学ぼう! ジャーナルの検索
ニッケイのストーリーを募集しています! 世界に広がるニッケイ人のストーリーを集めたこのジャーナルへ、コラムやエッセイ、フィクション、詩など投稿してください。 詳細はこちら
サイトのリニューアル ディスカバー・ニッケイウェブサイトがリニューアルされます。近日公開予定の新しい機能などリニューアルに関する最新情報をご覧ください。 詳細はこちら