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第24回 日系カナダのパイオニアたち ・『カナダの萬蔵物語』から

このコラムで前回紹介した、日本人カナダ移民の第1号である永野萬蔵氏の生涯についてまとめているのが、1977年に出版された『カナダの萬蔵物語 The First Immigrantt To Canada』(尾鈴山書房)である。

『カナダの萬蔵物語』のなかから

この年は、萬蔵がカナダに渡ってからちょうど100周年となり、この本には“萬蔵の物語”のほかに、「パイオニアの人達の素顔 日系カナダ人百年記念」と題して、その名の通り、日本からカナダにわたって活躍した日本人(日系人)が98ページにわたって紹介されている。

萬蔵物語と同様に、森研三(ケン・森)と高見弘人の手によるものとみられる。繰り返しになるが森は1914年カナダのヴァンクーバー生まれで、戦前はヴァンクーバーで発刊された『大陸日報』などの記者をし、戦後はトロントで『ザ・ガーディアン』の日本語版編集長を務めた。高見は1936年宮崎県生まれで、65年から66年にかけてカナダに滞在、以来日系人の移民史を調査・研究してきた。

パイオニアたちがカナダに足を踏み入れた当時、カナダの太平洋岸は未開発で産業も未発達だった。が、その分彼らの破天荒な試みも可能だった。野望を抱き、豊かさを求めて日本を離れカナダにわたった彼らのなかには、密航により上陸したものもいる。

道筋は人それぞれだが、やがて水産業、農業、実業界、公職、社会福祉など、さまざま分野で頭角を現した人物の生涯は、冒険譚でもある。本書は入手するのがなかなか難しいようなので、以下、ユニークな業績を残したパイオニアの横顔をいくつかここに紹介する。


理想を実現させようと 

まず「異色な人材」として紹介されるのが、及川甚三郎である。鮭漁が盛んなフレイザー川近くの開墾などで成功した及川は、そこに日本からの移民による理想郷をつくろうと集団移住計画を立てた。そして郷里の宮城県登米郡にもどり周辺から渡航者を募った。だが、これは集団移住制限法に触れるなどという理由から、自ら船を仕立て集団で密航をさせようという計画を練る。

そもそも及川自身が密航でカナダに入国した。横浜からの船に荷役に紛れてもぐりこんだ。しかし失敗し強制送還される。その後も3回の密航を試みるが失敗、4回目にしてようやく成功してヴァンクーヴァーのはずれのスティブストンという漁村にたどり着いた。及川はその後も船によって秘かに日本からカナダへ移民を搬送した。

集団密航は、「水安丸」という一艘の船を仕立てて83人を送り込もうという企てだった。1908年カナダに向かった船はなんとか到着するが、一行はまもなく逮捕されてしまう。しかし甚三郎の計略が功を奏し入国を果たす。この航海の顛末など及川の波乱の生涯は、新田次郎が小説『密航水安丸』で詳しく描いた。

日系人の実業界における戦前の第一人者といわれたのが田村新吉だった。1913(大正2)年、ヴァンクーヴァーの日本人街にレンガ造りの4階建て「日加貯蓄会社ビル」を構えるほどに成功した。

田村は、日本では攘夷の風が吹き荒れた1863(文久3)年、熊本・細川藩の士族の長男として大阪で生まれたが、明治に入り士族は没落、田村も神戸の茶商のもとに丁稚奉公に入り、25歳のときに野心を抱きカナダに渡る。船中で知り合った牧師の紹介で職を得て商取引を学び、やがて貿易業を起こし、ヴァンクーヴァーで日本美術店を開いた。さらに1907年には現地の日系人では初めて銀行業を始めて成功、オフィスビルを建てた。

一時は火災に遭って損害を被るが、幸い火災保険に入っていたので難を逃れた。この点は同じく火災に遭ったものの保険に入っていなかったために財産を失った永野萬蔵とは対照的である。

最後は生活の本拠地を神戸に移し、カナダとの間を行き来し貿易の継続に務めた。

千葉県出身の本間留吉は、1887年にカナダに渡り鮭漁に従事した。白人漁業者との軋轢のなかで日系人漁業団体を創設。その後カナダに帰化したが、選挙権を認められなかったことから、参政権をめぐる法的な闘争をはじめた。戦争が終わり1946年に日系カナダ人にようやく参政権が認められた。

本間は長い裁判で私財をほとんど使い果たした、その姿勢は日系人から讃えられ、提訴から34年後の1977年には、日系人の地位向上に貢献したとしてリッチモンドの高校名に「ホンマ」の名前が取り入れられた。


アメリカ、メキシコ、カナダ

1864年新潟県で生まれた池田有親は、1906年にカナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるクイーン・シャーロット島に乗り込んで鉱山を開発、その先駆者となった。

最初はカリフォルニアの農園で働き、日本人の労働組合を組織。この後いったん帰国すると今度はメキシコへの日本人移民を計画。これが実現に至らないとなると、再びカリフォルニアで農業に従事。

しかしアラスカが“ゴールドラッシュ”に湧いていると聞くと、アラスカへ向かい鉱山開発をてがけ日本からの投資も募りカナダ興業株式会社を設立。しかしその後世界的な不況の波をうけ開発はとん挫する。このころモレスビー島(カナダ)を探検し、島の南端の入り江で良質の銅鉱を発見、後日この入り江は「イケダ・ベイ」と命名された。さらにその後1926年に垂下式カキ養殖法を考案してカナダの特許権を得た。

このようにアイデアを実行に移す力に長けていた。しかし最終的に成功したものはほとんどない不運なパイオニアだったという。

同じくアラスカ方面への開拓に挑んだのが1866年群馬県生まれの相川之賀だった。サンフランシスコに上陸後、シアトルに移り、資金をつくりアラスカへ遠征した。その後、ヴァンクーヴァーの北西の製材所へ日系人労働者を無料で斡旋するなどした。自らは土地を開墾し農業や水産会社を営むが、最終的には日本に戻った。

「メキシコで暴れた」というタイトルで紹介されているのが長野県出身の春原順一だ。メキシコで独裁政権打倒のため革命が起きた1910年当時、春原はメキシコに渡った。地方都市を転々としたのち、農園助手として働くなどした。

あるとき政府軍の軍事教練に出合い、偶然日本軍の教練の仕方を手ほどきすることになったのをきっかけに政府軍からフリーパスを授与され、これを利用して軍用列車でメキシコを回った。しかし政府軍が敗北したので、フリーパスをもっていることで革命軍に銃殺される危険を感じ、キューバに脱出する。

そこでしばらく働いたのち再びメキシコに入り、さらにそこからアメリカに密入国した。数ヵ所で働いたのち、北上してカナダのヴァンクーヴァーにたどりついた。やがて日本から妻を迎え5男1女をもうけ、ガーデナー(庭園師)として働いた。

滋賀県彦根市出身の宮崎政次郎は、父親に呼寄せられて13歳でカナダに渡ったが、まもなく鮭獲りに出かけた父が帰らず、以後白人家庭で小間使いをしながら学校へ通うなど苦学し、1925年にブリティッシュ・コロンビア大学を卒業。さらにアメリカに行き医学を学び、カナダに戻ってから医師として開業した。診療を通じて地元リルエット町で信頼を得て、日系人初の町議になった。

広島県豊浜町出身の山家安太郎は、シアトルから農業開拓者としてカナダに転住してイチゴ栽培を手がけたが、1958年カナダで最初の日系人老人ホーム「ニッポニア・ホーム」を創設した。

このほか、2世、3世も含めて50人近くが本書に登場する。このなかには著者が直接話を聞いた人もいたようだ。残念ながらどのような資料をもとに書かれたかは記されていない。しかし、初期のカナダ移民の冒険にも似た奮闘ぶりは、随所から生き生きと伝わってくる。(敬称略)

 

© 2023 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。

 

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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