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シアトル日系人会前共同会長・田原 優さん - その2

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コミュニティーの息長い世話役として

「微生物の研究に長く携わっていたためでしょう。私はいつもすぐメモを取るのです」と、自己分析する田原さん。1963年入会の天狗クラブでも、すぐにボランティア書記を引き継いで、第18回(1962-63年)以降の活動記録をずっと取り続けてきた。また、天狗クラブの記録を残すだけでなく、同クラブ代表として対外的に声を上げる役も担ってきた。

中でも誇りとするのが1981年、ウエストシアトルにボートハウスを残す運動に関わり、特別市議会での熱い思いのこもった証言で、シアトル市のボートハウス閉鎖計画を撤回させたことだ。ウエストシアトルのウォーター・タクシー発着場そばのシークレスト・ボートハウスは、今も天狗クラブの活動拠点であり、シアトル市民の楽しみの場でもある。ボートハウス敷地の一角には、天狗クラブの歴史を記した碑も置かれている。

60年近く通うシアトル仏教会(別院)の前で

田原さんの活躍の場は、天狗クラブにとどまらない。アンナさんとの挙式の場ともなったシアトル仏教会(別院)は、1901年に創立され、夏の盆踊りを開催するなど日本からの多くの人々に寄り添い、心のよりどころとなってきた。長女のジャネットさんと次女のシンディさんの加入した仏教会付属グループ「キャンプファイア」に保護者として深く関わったのを手始めに、田原さんは同仏教会でさまざまな役員を歴任し、2008年には理事長も務めた。

ジャネットさんがシアトル日本語学校に通うようになると、田原さんは学校の運営に会計や理事として参加。2002年には、日本語学校維持会会長として同校の創立100周年記念行事を盛大に祝った。また、同校と密接な関係を持つシアトル日系人会にも深く関わって理事を長年務め、2015年からはツチノ・フォレスターさんとふたりで共同会長として活動した。

インターナショナル・ディストリクト東部に立地する日本語学校の歴史は古く、1912年建造の校舎は市の歴史的建造物に指定されている。コミュニティー奉仕を目的として1949年に発足したシアトル日系人会と、日本と日系人の文化を伝える集いの場として2003年に創設されたワシントン州日本文化会館(JCCCW)の事務所は、その校舎内にある。大阪万博財団の助成金を得て田原さんら有志が設立した西北日系博物館もその一画に設けられている。

シアトル日系人会がこれまで催してきた行事のひとつが、「お正月」だ。「実は私の趣味は、釣りのほかに料理なのです。家での食事作りも担当しています」と言う田原さんは1989年、日本の正月行事や料理の詳細を英語で解説した小冊子を執筆。シアトル日系人会の正月行事に役立ててきた。同会の「日本のお正月の味」行事に毎年持参する料理はもちろん、大きな鮭を使ったベイクドサーモンだ。

手製のベイクドサーモン。シアトル日系人会「日本のお正月の味」行事にて

2017年には、これら幅広い活動に対し、日本とアメリカとの相互理解および友好親善への寄与を認められて、総領事表彰を受けている。


これからも…… 

今年でシアトル日系人会共同会長を退任し、これまでの活動にひと区切りが付いた。「これからは何を?」の問いかけに、田原さんはこう答える。「日本語を話さない日系の若い世代に、日本の伝統行事と言葉のひとつでも良いから伝えられたらと思い、そのために何かしたいと考えています」

通常は、平日の毎朝4時過ぎに起床し、夫婦で5時からジムに出かけ、アンナさんがプールで1時間泳ぐ間に自分はステップ運動に専念するという田原さん。これまでのワークアウトの成果だろう、とても84歳とは思えない元気さだ。また今後の活動に期待したい。

* * * * *

田原 優(たはら・まさる):1936年東京生まれ。高校卒業後の1955年にシアトルへ。ワシントン大学で化学を専攻し、同大学の微生物学研究室に30年間勤務。シアトル仏教会(別院)理事長、シアトル日本語学校維持会会長、シアトル日系人会会長などを歴任。妻のアンナさんとの間に娘2人がおり、今は3人の孫との交流を楽しむ。趣味の釣りでは、地元日系コミュニティー創設の釣り同好会、天狗クラブで50年近く活動し、その歴史を『天狗過去帳』につづる。

 

*本稿は、『Soy Source』(2020年4月9日)からの転載です。(写真:楠瀬明子、本人提供)

 

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