ヒグチ・アイコさんは96歳の元気で活発なおばあちゃん。今でも何に対しても前向きで、充実した人生を送っていて、小説のいいテーマになると思う。ディスカバー・ニッケイ2017年7月にはアイコさんをテーマにしたエッセイが掲載された。日本放送協会(NHK)ではアイコさんのインタビューが放映され、フランスの新聞「ル・モンド」やその他の幾つかのメディアにもアイコさんは取り上げられた。
アイコさんがブラジルに来てから90年がたつ。そのうち60年はサンパウロ市で暮らしている。いろいろな能力の持ち主だが、長寿であることのほかに、今回、私が特筆したいのはアイコさんの料理上手なところだ。これは長年の知人も認めている。
料理教室に通ったこともないのに、いろいろと自分で工夫して、アイコさんはおいしい家庭料理を上手に作る。シンプルな料理で皆を喜ばせる。普段のメニューは「アホス・コン・フェジョン」(油ご飯と豆と肉を煮込んだ料理)と炒めた玉ねぎとフライドポテトを添えた脂身の少ないステーキとサラダ。日曜日は、時間があれば低カロリーの「フエィジョアーダ」(普段の『フェイジョン』より具が多くて豪華)を作ったり、ラザニアや自家製生地で作った美味しいパステル(ブラジル風の春巻き)などを作る。どの料理にもアイコさんの工夫が見られ、とても美味しい。そして、特別な記念日には焼いたポークシャンク(豚のすね肉)がたまらない!焼きたてのにおいを嗅ぐと、すぐに、ポークシャンクとルコラのサンドイッチが欲しくなる!「ボリニョ・デ・バカリャウ」(塩ダラとジャガイモの団子)、エビフライ、ポークリブ、全てが最高だ!上手なのは味付けだけではない。盛り付けも良く、手早く、アイコおばあちゃんの料理は、まるで手品のようだ。年をとっていても、焦らずに、冷静に、心を込めて美味しい料理を作る達人だ。
突然の来客があってもすばやく準備をし、見事におもてなしをする。時間がなくわずかな材料しかなくても、美味しい食事を作る。そして、食後に欠かせないコーヒーは格別だ!薪ストーブと布のフィルターで作っていた昔のコーヒーを思い出させる。コーヒーには必ず「ボリニョ・デ・シュヴァ」(国民的なおやつ)が一緒に出てくる。これは孫や曾孫の大好物で、遊びに来るたびに「ビーザ1、あの団子作って」と、いつもおねだりする。
和食も同じように得意なアイコさん。毎日の食卓にはブラジルの普段の食事と日本の普段の食事が一緒に出されたり、日替わりで出されたりする。天ぷら、みそ汁、カレーライス、うどん、そば、寿司、お煮しめ、漬物、茶碗蒸しなど、アイコさんは何でも作り、招いた人たちを喜ばせる。
ここらで一息入れよう。河瀬直美監督による『あん』はおススメの映画だ。まだ観ていない方にはぜひ見てもらいたい。差別や尊敬や孤独感をテーマとした繊細で感動的な映画だ。どら焼き屋の店長が商売不振で悩んでいたところに、老女の徳江が雇われ、どら焼きの粒あん作りを任せられた。徳江が愛情を込めて作った餡はあまりに美味しくて、みるみるうちに店は繁盛する。
なぜこのような話をしたかというと、アイコさんの自慢料理の一つがオハギ・ボタモチなのだ。
映画『あん』に出てくる餡のようにアイコさんが作る餡子は絶品で、オハギ・ボタモチはとても美味しく、本物の御馳走だ。一度食べると誰でもおかわりしたくなり、アイコさんのファンになる。そして、映画のどら焼きとは違い、美味さの秘訣は餡子だけにあるのではない。もち米と餡子が絶妙にマッチし、大きくもなく小さくもないオハギ・ボタモチは紙ケースに入っていて、まるで和菓子屋に並んでいるようだ。もう少しで100歳のアイコさんのオハギ・ボタモチ作りには心がこもっている。まるで、オハギ作りで愛情と平安を表現しているようだ。
このオハギ・ボタモチには、二通りある。一つは昔ながらの餡子でおもちを包んだもの。もう一つは、餡子をおもちで包み、表面にきな粉をまぶしたものである。
オハギとボタモチは同じ物だと思っていた。オハギは丁寧語で、ボタモチが口語だと。しかし、グーグルに載っているササキ・クララのテキストにこう書いてあった。「オハギ」は秋のお彼岸の供え物で、その頃咲く萩の花にちなんで「オハギ」と名づけられた。餡の原料である小豆は秋に収穫され、皮がまだ柔らかいので、餡は粒餡だ。一方、ボタモチは春のお彼岸の供え物。ぼたんの花が咲く頃なので、小豆はもう硬くて、煮た豆は裏ごしする必要がある。そのため、餡は滑らかなこし餡だ。
アイコさんが作る餡は滑らかなので、ボタモチだと分かった。
読者の皆さんの中に、ボタモチのレシピを知りたい方がいると思い、アイコさんの愛読書を借りてきた。「日本の味と長崎の味」という料理本で、著者は長崎出身の有名な和食の先生モリ・シメである。ここのレシピに基づいて、アイコさんのボタモチが生まれたのだ。
オハギ・ボタモチ (30個分)
材料
もち米 3カップ
水 3カップ
小豆 1カップ
砂糖 200g
きな粉 カップ2/3
黒ゴマ カップ1/2作り方
- もち米と同量の水に、塩を少々加えて米を炊く。炊き上がったら、米粒が残る程度について丸める(30個)。
- 洗った小豆を大量の水に入れて火にかける。小豆が煮立ったら、水を2回取り替えて柔らかくなるまで煮る。裏ごしをし、水分を除いてこねる。(こし餡の場合、小豆と煮汁をミキサーにかける)
砂糖と塩少々で味を調える。
丸めたもち米と同じ大きさに餡子を丸め、手の平に広げてもち米を包む。
- きな粉の場合、丸めたもち米にきな粉をまぶし、砂糖をふりかける。
- ゴマは炒って、少しすりつぶし、砂糖を加える。
おばあちゃんの愛情がこもった、このようなお菓子を味わった読者はきっと懐かしく思うに違いない。甘い幼年時代の思い出を継続することは大切だ。アイコさんの娘孫や曾孫が、アイコさんのレガシーに興味を持ってくれて私は嬉しく思う。実を言うと、アイコさんは私の母である。
訳注 1.「ひいおばあちゃん」
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このエッセイは、「いただきます2」シリーズの編集委員によるお気に入り作品に選ばれました。こちらが編集委員のコメントです。
ラウラ・ハセガワさんからのコメント
「いただきます2!新ニッケイ食文化を味わう」へのポルトガル語の作品を楽しませていただきました。7編の投稿作品は日系ブラジル人の食生活を面白く、わかりやすく描いていました。そのほとんどは、祖母や母親が伝える日本食についてのストーリーで、ブラジルと日本の食文化のミックスに関するエピソードが見事に描かれています。
カツオ・ヒグチさんによる「貴重で、美味しいレガシー」が気に入った理由は、母親の「料理好きな人生」が詳細に描かれているからです。日常の食事や愛情たっぷりの「おばあちゃんのボタモチ」について読んでいるうちに心が癒されました。96歳の母親へ敬意を表するカツオ・ヒグチさんの物語りだと言えるでしょう。
© 2017 Katsuo Higuchi
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