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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第2回 再発見された“我々の文学”

アイデンティティの問題などを鋭く問うジョン・オカダの小説「ノーノー・ボーイ」は、1957年に出版されたのち、世間の注目を浴びることなくほぼ忘れ去られてしまった。それが70年代に入り見直されることになる。

そのいきさつについて触れる前に、昨今のアメリカをはじめ世界各地での移民や民族間、国家・文化間に生じている摩擦や問題からみて、「ノーノー・ボーイ」を考察する意味をひとこと触れておきたい。


いま、なぜ「ノーノー・ボーイ」なのか

大統領選がはじまったアメリカでは共和党の大統領候補、ドナルド・トランプ氏らがイスラム教徒への偏見、差別を助長しかねない言動に出ている。これに関連して戦時中の日系人の隔離政策を是認する発言をし、日系社会をはじめ各方面から批判の声が上がった。

ヨーロッパでも同様にイスラム教徒への偏見は強まり中東などからの移民への敵対心を煽る動きもある。日本でもヘイトスピーチなどに象徴されるように民族、国籍が批判の基準になっている動きはある。

グローバル化が言われて久しく、世界中で民族や文化が入り混じっている今日でも、紛争や社会問題が起きると、マイノリティーや移民が攻撃の的になることがある。振り返れば、太平洋戦争中のアメリカの日系人がまさにそうだった。この歴史的な背景から「ノーノー・ボーイ」の主人公イチローは登場し、彼の苦悩は、いまや多くの人が民族、国家、文化の摩擦のなかに身を置くことを余儀なくされる可能性のある現代で普遍的なテーマとして共感を得てきたと言える。

その意味で、いまも無数の「イチロー」が世界中にいて、同様の苦悩を抱えている。日本を見ても例えば日中、日韓関係が悪化すれば、こうした敵対的な関係の国でそれぞれ暮らす人々が困惑するのはいうまでもない。とくに相手の国の人と特別な関係になったり、結婚して家族をもうけている人は、まさに身を割かれるような思いを味わうことになりかねない。

こうした観点からして、「ノーノー・ボーイ」の世界をいま考察する意義は大きい。


アメリカ文学は白人文学だけじゃない    

復刊のいきさつに話を戻そう。初版わずか1500部で姿を消しかけたこの本は、1970年にサンフランシスコのジャパン・タウンの本屋で、中国系アメリカ人で作家のジェフリー・チャン(Jeffery Paul Chan)によって“発見”された。当時、若者によるベトナム反戦運動などで既存の社会価値や権威への反抗が沸き上がり、またマイノリティーの自覚も高まり、アジア系アメリカ人の若者のなかから、アイデンティティを問う動きがでる。

アメリカ文学といえば、フォークナーやヘミングウェイのような白人の文学だけが文学と思われていたとき、それ以外のアメリカ文学が当然あり得ることを探る若者たちがいた。

そうした若者の一人であるチャンやその仲間が、埋もれていた「ノーノー・ボーイ」を読み、こうしたアメリカ文学もあったのかと驚き、感動する。チャンやフランク・チン(Frank Chin)、ローソン・イナダ(Lawson Fusao Inada)、ショーン・ウォン(Shown Wong)は、総合アジア系アメリカ人資料プロジェクト(CARP=Combined Asian American Resources Project)をシアトルで結成しこの本を広めようとする。

入手できる限りたくさん冊数を集め、キャンパスやコミュニティーにばらまいて宣伝した。それから「アイイイイ―イ(Aiieeeee)」というアジア系アメリカ人の作品集を編集し、そのなかにこの本の第1章を収録した。

復刊された『ノーノー・ボーイ』

そして“発見”から6年後に、彼らはファンドを募って「ノーノー・ボーイ」を復刊させた。当時みんな決して豊かではないなか、それぞれ600ドルをも出し合ったというからその意気込みがわかる。初刷りは3000部で、ほとんどがメールオーダーによる注文で売り切れ、さらに3000部が刷られて完売した。

その後1979年に、シアトルのワシントン大学出版がこれを引き継ぎ、出版を継続し今日もなお部数を重ね人々に読み継がれている。当時のメンバーでのちにワシントン大学で教鞭をとるショーン・ウォン氏はかつてこう語っていた。

「『ノー・ノー・ボーイ』は、偉大なアメリカ文学です。私は19歳の時、最初に作家になろうと決心しましたが、その時はアジア系アメリカ人の作家を一人も知らなかった。だから、ジョン・オカダを発見したときは、是非これを再出版しようと思いました」

(敬称略)

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© 2016 Ryusuke Kawai

identity John Okada Literature No-No Boy (book)

このシリーズについて

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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