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アマゾンのジャングルに観た日系社会

個性豊かな日本語学校の生徒たち

アマゾナス州マナウスにある西部アマゾン日伯協会(通称:日伯)に日本語教育のシニアボランティアとして派遣された私は、まず毎週行われている約40もの日本語の授業を見学することにした。ひらがなの書き方や読み方に苦戦するものから流暢な日本語で話しかけてくるものまでそのレベルはさまざまだったが、誰もが日本語を日本文化を楽しんで学習する姿が印象的だった。

教室の明るい雰囲気を作る現地の教師陣の努力も彼らの好奇心ややる気に繋がっている。

日本のことをもっと知ってもらいたいという配慮から、日本地図や日本のカレンダー、折り紙や挨拶の仕方を表したイラストなどがそれぞれの教室に貼られていて、その雰囲気の中で楽しい授業が展開されている。

日本の伝統的な花火の風景や、紅葉、新幹線、富士山、京都の景色など、高品質の紙を使った日本のポスターやカレンダーは、日本行きを夢見る生徒の好奇心をくすぐることに一役買っている。

また、アニメが好きな先生の教室には壁一面に派手なポスターが飾られていたりもした。アニメキャラクターたちの視線を浴びながら集中して勉強ができているかは疑問だが…。

さて、生徒たちの日本語学習の目的は様々だ。ここには、年齢も背景も全く異なる生徒が集まっている。

地元の日本企業で働いているものは日本人駐在員との距離を縮めたいと教えてくれた。会議で使うような高いレベルの日本語を必要としているものから、単に日本人社員とのコミュニケーションを求めるものまで、その目的はいろいろ。実はマナウスには30以上の日本企業が進出しているのだ。

また、ある生徒はアマゾン川観光の拠点であるマナウスで日本人観光客を相手にするため、フランス語やドイツ語スペイン語などと同様、日本語もマスターしたいと話してくれた。彼はアマゾン川のほとりにある観光地ポンタネグラでアクセサリーを売っている。

そして、圧倒的に多かったのがティーンエイジャーの学習者だ。近年世界中でブームになっているアニメの影響でJ-popや映画、コスプレなど、日本のサブカルチャー文化のファンも多い。彼らは日本に対して非常に強い憧れを持っていてお気に入りのマンガやアニメのTシャツを着て教室に現れる。

今の世の中、ネットを使えば世界中どこにいても簡単に情報を得ることができるわけで、彼らのアニメやマンガに対する知識は我々の想像を遥かに超えている。『Naruto』『One Piece』『聖闘士☆星矢』などはポルトガル語でも放送されているためほとんどの若者が知っているのだ。また、『ジャスピオン』『チェンジマン』『ジライヤ』などなど日本人にはほとんど馴染みのない特撮ものがブラジルでは人気があることにも驚かされた。

ある日、日伯の日本語教室で浜松から戻ったという小学生の兄弟に出会った。彼らは、数年間日本の公立小学校に通っていたので流暢な日本語を話すことができるのだが、せっかく覚えた日本語を忘れないようにするため勉強を続けるのだという。

ブラジルには日本からの出かせぎ帰りの人たちが大勢いる。日本で楽しい思い出を作ったものもいれば、馴染めなかったものもいる。日伯に通う生徒たちはほぼ親日家でまた戻りたいと考えているものも多い。

日系人の妻として日本で数年間暮らしたあるブラジル人女性は、離婚をきっかけにブラジルに帰国した。日系人の家族の一員ではなくなったのでもう簡単には日本に行くことはできないが、日本語の授業が楽しいので毎週クラスに通っている。

あるクラスでは仲良く日本語を勉強する30代のご夫婦と知り合った。旦那さんは日系人で少しだけ日本語を話すことができるが、奥さんは現地のブラジル人で全く日本語が話せない。「どうしてご夫婦で勉強することにしたの?」と尋ねてみた。「主人の母は日本からの移民でとても私に優しくしてくれるんです。家の中で彼女が使う日本語を私も理解したくて勉強を始めたんです。」彼女は笑ってそう答えた。

日系人と一口にいっても人生いろいろ。これからもこのコーナーで様々な形で繋がる日本とブラジルの姿を紹介していきます。

 

© 2015 Toshimi Tsuruta

Brazil community japanese school language Manaus Nippaku

このシリーズについて

筆者である鶴田俊美は多くの日系人が住むアマゾナス州マナウス市にボランティアとして派遣された。地球の反対側で日本人移民の方々が積極的に日本語教育を継承し、日本文化を守る姿を目にしてきた。このコラムでは3年間のブラジル生活で見た日系社会の姿をエピソードを交えて紹介していく。