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ニッケイ物語 2—ニッケイ+: 混ざり合う言語、伝統、世代、人種の物語

塀一つ隔てた2つの家庭

まったく!言い過ぎだわ。ビラだって警戒していないのに、とKさんは思った。でも「見ておきます」としぶしぶ言った。

大根のにおいをガス漏れと間違えられて、悲しかったし、恥ずかしかった。エラはよく塀の向こうの台所から言った。

「なんて変な臭いなんだ!」

Kさんが大量の大根の漬物を作る水曜日は、いつもそうだった。

庭の奥から家の前の門まで続く塀は、2軒の家を仕切っていた。塀の両側には狭い通路があるだけだった。そして、困ったことに、2軒の台所は塀を狭んで向き合っていたのだ。しかし、ビラにとっては、どちらの台所も1つ屋根の下にあるのと同じだった。昼が近づくと、大根だけでなく、にんにくと玉ねぎを炒める香ばしいにおいがただよってきた。残念ながら、Kさん側から、にんにくと玉ねぎ炒めのにおいがするのは、お手伝いさんが来る日だけだった。

エラは毎日オーデコロンをつけてパン屋へ行く。その香りは好きだ。帰り際に出会ったKさんとエラは、2人とも、朝食とおやつ用のバゲットを2本ずつ持っていた。オーデコロンと焼きたてのパン。ビラはパンの方が好きだった。だってパンは、端っこが食べれるから。エラは気まぐれで、ビラのことを疎ましく思っていた。ビラがこの家へ来たばかりのころ、夜中に、よく吠えるとぶつぶつ文句を言われた。かわいそうに。いろんなにおいに慣れていなかっただけなのに。

あれはKさんの父親がまだ生きていて、一緒に住んでいたころだった。自動車修理工場で飼っていたサラが子犬を産んだので、ひきとった。その子犬は「Vira lata」という雑種だった。でもKさんの父が「ビラ・ラッタ」と言うと、「Bira Rata」に聞こえた。その発音がおかしくて、エラの子どもたちはげらげらと笑った。そして、何度も「ビラ・ラッタ、ビラ・ラッタ」とKさんの父に言わせた。結局、子犬の名は「ビラ」となった。その後、ビラは何度かエラの花壇に入り込んだ。

「あんたんちの犬が私のパンジーを全部食べてしまったわ!その上、サンスベリア(トラノオ)の鉢植えを倒して、土をそこらじゅうにばらまいてしまったのよ!」と、文句を言った。

門をちゃんと閉めてなかった方が悪いのに、とKさんは思った。ビラにとって、土と花の香りはとても魅力的だった。

「ビラ、だめ、だめ!」

だめだって。その後、ビラは、Kさん側のにおいしか感じることができなかった。エラが、花壇をセメントで固めてしまったのだ。もっとも、それはビラのせいではなく、車を買ったからだった。エラは家の前にテント付のガレージをつくった。門にはしっかりと鍵がかけられた。ある日、エラの夫は新しい車で、自分の子どもたちとKさんの子どもたちを動物園に連れて行った。Kさんは子ども達にお弁当を作って持たせた。サトウ先生の本の中のレシピで、きゅうりとトマトとマヨネーズのサンドイッチだった。ビラは家に残されて、悲しかった。

ビラはいい子だった。毎朝、Kさんがパン屋や朝市から戻るのを家の前で待っていた。朝市の帰りは、ビラの手も借りたいほどカートにはものがいっぱいつまれていた。Kさんは、片手に半分のスイカを持っていた。カートからはいろいろなにおいがした。オレンジ、バナナ、葉っぱ付大根。大根の葉っぱはつくだ煮用だった。ネギは、つぶさないようにと一番上に置かれていた。

火曜日は特別な日だった。朝市の日でもあり、ビラにはパーティーのような日だった。両方の台所から、数え切れないほどの新鮮ないわしを揚げるにおいがした。Kさんは時々しょうゆと砂糖で作った濃いタレを加えた。火曜日はお手伝いさんが来る日でもあった。誰かに「火曜日だ」と教えられなくても、ビラはちゃんとロザを待っていた。7時半になるずっと前から門の前にいた。Kさんはロザが来ると、すぐに朝市に出かけた。エラも「朝市の残り物を狙うのは、貧乏人のすること」だからと、朝早くに家を出た。

火曜日だけは、両方の台所からにんにくと玉ねぎのにおいがした。こっち側では、油ごはんといわしとサラダとフェイジョン。そして漬物は欠かせなかった。向こう側では、ごはんとフェイジョンといわしの揚げもの。それに沢山のにんにくで炒めたキャベツだった。ビラには大変なごちそうだった!

エラの息子のひとりは「二次方程式を教えて」と、Kさんの末息子にいつも頼みに来ていた。エラの息子たちは、家から8ブロック先の私立学校に通っていた。Kさんの息子たちは、近くの公立校だった。エラはいつも通信簿のことを気にしていたが、Kさんの子どもたちほど、自分の子の成績が良くないと分かり、いつしか聞かないようになった。しかし、自分の子は運動神経はばつぐんだと信じていた。子ども達が小さかった頃は、いつもビー玉遊びで勝ってたし、今では、サッカーをさせれば、向かうところ敵なしだった。

「うちの子は『Biotônico Fontoura』を飲んでるから、下手くそなあんたの子ども達を負かすのなんて簡単なんだよ。ちょっと、ちゃんとビラをつないでて。子どもたちのプレーをじゃましないで!」

「飲ませるなら『Wakamoto』の方がいいわ。頭良くなるんだから・・・」

ある日、エラの長男が走ってきてこう言った。「Kさんちの子は米に豆を入れて炊いたものを食べるんだって」と。

「バイオン・ジ・ドイスって言うんだよ」

ある日、低いベンチに上り、今度はエラが豆について聞いた。

「えっ?あんたんち、豆を砂糖で煮るんだって?」

「残ったあずきで、ぜんざいを作ってるの。味見してみる?」

「・・・えっ!私たちもアホス・ドセって甘いごはんを作るのよ。甘い豆もいいかもね。似た者同士だよ」

ビラは何が何だが分からなくなり、頭をかしげるしかなかった。

子ども達が12歳になった頃、Kさんを何ヶ月か悩ます出来事がおきた。エラの姪が結婚することになり、エラがメイド・オブ・オナー、夫はグルームズマンをすることになったのだ。ロングドレスは、どんな生地でどんなデザインにするのか。色は決まっていた。メイド・オブ・オナーたちはみんなお揃いのドレスを着ることになっていた。

「私、水色って似合わないけど、まぁいっか」

エラはいろんな店を見て回り、生地を買った。そして、Kさんの友人の裁縫師と一緒にドレスのデザインを選んだ。カシュクール風のベルト付のドレスになった。

「着物に似てるわね」とKさんが言うと、「まさか!ヨーロッパのファッション雑誌『Burda』のデザインよ!」

その時、Kさんは初めてエラの家に入った。それまでは鍵のかかった門の中に足を踏み入れたことはなかった。綺麗な家だなあ!よく整理されている!おしゃれだな!と思った。家の外からカーテンが二重になっているのが見える。夜になると、透き通った薄い生地のカーテンと厚手のカーテンが引かれた。ポンポンが先についたタッセルは、外からは全然見えなかった。ソファーセット、シャンデリア、数枚の敷物、そしてコップがいっぱい並んでいる戸棚。壁には大きな額が飾られていた。台所の家具はカラフルなフォーマイカ(強化合成樹脂)でつくられたもので、簡易テーブルもあった。Kさんは、冷蔵庫だけが、自分の家のより小さいことに気づいた。わたしの家はこんなに立派ではないわ。そう思うと恥ずかしかった。でも、認めなきゃ、こっちは、ごちゃごちゃした『日本人の家』だよ。

エラの洗濯場は片付いていて、ビラが好きな石けんの香りとビラが嫌いな洗剤のにおいがした。Kさんの家ではいつも、裏庭の屋根の下に薄く細長く切った大根が干してあった。雨の日は、それが洗濯物にかわった。雨が降らなければ、大根。いつも大根だった。

姪の結婚式の何ヶ月も前から、エラは塀から顔をだし、Kさんを呼んだ。そのたびにKさんは急いで塀へ駆け寄った。たいてい、これはお昼ご飯のあとで、昼寝をしていたビラをびっくりさせた。ビラは家の外で待っていた。なぜって、家の中に入ると、何かにぶつかったり、敷物に毛を落すしてしまうかもしれないから。オーデコロンやワックスやパイナップル、時々、シルバーのトレイで出てくるコーヒーの香りがした。

そして、ついに、姪の結婚式の土曜日がやって来た。朝早く、エラはKさんの友だちで、朝市の通りにある美容院のチズコさんのところに出かけた。赤いマニキュアがきれいに仕上がるようにと、両手を広げながらエラは家に帰って来た。束ねた髪は、乱れないようにスプレーでカチカチに固められていた。その髪型はエラの顔とドレスを際立たせた。エラは、もう一度Kさんを塀越しに呼び、「どう?」と聞いた。おしろいと頬紅を塗ったエラはとても美しかった!細いハイヒールの靴と口紅とコンパクトを入れたポーチ。金色でコーディネートされていた。その日、彼らは、帰ってくるのがとても遅かった。日曜日の朝になってその理由が分かった。エラはいつも8時のミサに行くのに、その日は出かけなかった。疲れているのだと思ったが、本当はそうではなかった。エラは右腕にギプスをしていた。ハイヒールに慣れていなかったので、教会の大広間に入った時につまづいて転んだのだ。1ヵ月間、ギプスをすることになった。よりによって右腕とは。Kさんは2人分働いた。焼きたてのパンを届け、2家族分の買い物を朝市でした。お手伝いさんと一緒に、子どもたちが学校から戻るまでに、昼食の準備をした。塀は邪魔にならなかった。夕食は簡単にサンドイッチで済ませた。

あっという間に1ヵ月が経った。二人とも子どものスケジュールや夫やパン屋や朝市のことを気にする元通りの生活に戻った。こっち側では火曜日にしか、にんにくと玉ねぎ炒めの香りがしなくなった。ビラはまたがっかりした。先月はよかったな!

もう一つよかったことがあった。あれからずいぶんと時が過ぎ、息子たちは成人を迎えた。上の二人は大学を卒業し、Kさんの末息子はカンピーナス大学で工学を勉強していた。エラの末息子は医大を目指して3回目の受験勉強中だった。その時だった。ビラは変だと感じた。こっち側と同じにおいがあっち側からもにおってきた。

「Naboはとてもヘルシーで、食物繊維もある。サラダにしてもいい。Queijo de Soja3のパテと一緒に食べたらもっと美味しい。Queijo de Sojaは低カロリーで、更年期にも効果があると医者が言ってた」

「Nabo」は大根、「Queijo de soja」は豆腐。医者は大根のにおいのことも言ったのかな、とKさんは思った。

数ヶ月後、エラは背中に強い痛みを感じた。アルニカの軟膏も効かなかった。でも、エラは新しい療法をを見つけたという。『mochabustão』という奇跡的な治療法らしい。詳しく話を聞くと、Kさんの父親がしていたお灸だと分かった。ずっと前から知っていたと思わず言うところだった。エラは、背中の痛みの予防対策にと、指圧のクリニックにも通い続けた。そして、肌がすべすべになるってきいたけど、チョコレートのお風呂はどうかしら、とKさんに聞いた。高くつくけどね・・・。

あっち側では大騒ぎだった。

それからしばらくの間、Kさんはいろいろと考えた。何度も繰り返し考えた。まだよく漬かっていなかった梅干しのせいだったのかな?それともしょっぱすぎたのかな。でも、梅干は消化に良くて寿命を延ばすからほしいって、しつこく頼むからあげたのに。う~ん、それだけが原因ではなかったのかもしれない。でも, こんなことになるなんて思ってもみなかった。あの夜エラは何度も塀越しにKさん呼んだので、ビラはいらいらした。

夜中に家から車が出たので、ビラは目を覚ましてしまった。車が戻った時、オーデコロンのにおいはしなかった。それっきり、オーデコロンのにおいはしなかった。

今では、にんにくと玉ねぎ炒めのにおいは週に1回だけしかしなかった。大根の漬物のにおいは時々するけど、それは長男がスーパーで父親の夕食に寿司を買って来た時だけだった。末息子はようやく医大で研修医になった。

最近は、Kさんの家の方から、毎朝Kさんの夫がお線香をあげる強いにおいがする。ビラは好きでないけど、Kさんの家のほうにいる。長男は結婚して、エンジニアの息子はカナダに留学している。ビラはKさんの夫といつも一緒だ。外にも出ない。Kさんはある火曜日から、朝早く朝市に行かなくなった。ロザを迎え入れることもしなくなった。いわしも漬物も作らなくなった。屋根の下には干し大根もなくなった。空っぽだ。

昔は、エラの夫は毎朝、スーツ姿で家からバス停まで歩いて行って、夕方に帰って来た。Kさんの夫も毎朝スーツ姿で家の前で会社の車を待っていた。同じように夕方には戻り、近所の人たちと挨拶をかわしていた。でも今は、Kさんの夫が、エラの夫をビールに誘う。それは、長男が家族連れでバーベキューをしに来る日曜日のことだ。肉とビールと近くの店で買う大根の漬物はとてもよく合う。エラの夫も賛同だ。

Kさんとエラはふと気づく。庭の奥から家の前の門まで続く塀がなくなっている!大根のにおい?それともガス漏れ?オーデコロン?それとも、にんにくと玉ねぎのにおい?あれ、おかしいなあ。塀がなくなっている・・・彼女たちに見えるのはビラだけだ。足を縮めて体を横たえている。だめ、だめよ、ビラ。

訳注

1. Biotônico Fontouraは、50年代頃使われていた子ども用の栄養剤

2. Wakamotoは、50年代頃使われていた子ども用の栄養剤

3. Queijo de Sojaは大豆のチーズのことであるが、豆腐を知らない人は、豆腐のことをQueijo de Sojaという

 

© 2013 Celia Sakurai

星 29 個

ニマ会によるお気に入り

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このシリーズについて

「ニッケイ」であるということは、本質的に、伝統や文化が混合している状態にあると言えます。世界中の多くの日系コミュニティや家族にとって、箸とフォーク両方を使い、日本語とスペイン語をミックスし、西洋のスタイルで大晦日を過ごすかたわら伝統的な日本のお正月をお雑煮を食べて過ごすということは珍しいことではありません。  

このシリーズでは、多人種、多国籍、多言語といったトピックや世代間にわたるエッセイなどの作品を紹介します。

今回のシリーズでは、ニマ会読者によって、各言語別に全ての投稿作品からお気に入り作品を選んでもらいました。

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