ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2013/07/19/

欧州からラテンアメリカへの“移住”とは

アメリカ大陸では、19世紀から20世紀初頭まで数千万人の移民を受け入れることで国づくりを行ってきた。しかし1960年から70年代にかけてラテンアメリカの経済が低迷し、インフレ、テロ活動の激化とそれに伴う軍事政権の登場によって、はじめは南米域内を、そして次第に欧米諸国に多くの者が転住・移住を余儀なくされた。国連のラテンアメリカ・カリブ経済委員会(英:ECLAC、西:CEPAL)の推定によると、「失われた10年」と呼ばれる80年代の債務不履行や経済衰退や90年代のネオリベラリズム政策(民営化、雇用調整、産業のグローバル化によるさまざまな業界の再編成等)によって、中南米からは一千万人以上がアメリカをはじめ欧州に移住した。長い間、職や安心を求めて中南米からアメリカや欧州に移住することは当たり前とされてきた。

しかし5〜6年前からその傾向が変化している。経済低迷が深刻で失業率が極端に高いスペインやポルトガルから、学歴の高い若者を中心に数万人が南米諸国へ移住している。10年前であれば、ヨーロッパの若者が南米に職を求めることなど誰も予想できなかったことである。

スペインの例をあげると、若年層(16歳から30歳)の失業率は50%以上(5〜6年前からこの推移)で、大卒でも職に就くことは難しく、就けてもその半数近くは非正規雇用(短期雇用、期間雇用)だという。2013年5月現在、同国の平均失業率は26.8%を超えており、若年層だけでみると56.4%もある1

国内で仕事が見つからない若者は、欧州連合域内の移動が比較的自由なこともあり、語学を身につけてイギリス(平均失業率7.7% / 若年失業率20.2%、以下同様)やフランス(11% / 26.5%)、ドイツ(5.4% / 7.5%)へ職を求めて移住する傾向にあるが、実際に職を得ることはそう簡単なことではない。ドイツの場合、若年失業率は7.5%と他よりかなり低く、求人数もかなりあるといわれているが、その他の国々の失業率は20%を超えているので若者の就職・再就職への競争は激しい。

バルセロナや北東部の自治州は産業も多く仕事もかなりあり、中部や南部より失業率が低い。

また、同じスペインでも、南部と北部地域の失業率はかなり異なっている。製造業や国際的なサービス事業が多い北東部の失業率は平均の半分以下であるが、中部や南部の失業者を吸収するだけの雇用は到底ない。スペイン、イタリア、イギリス、フランス、そしてドイツには移民が多く、特にスペイン、イタリアとポルトガルにはラテンアメリカ出身者が多い2

こうした中、ヨーロッパでは、10年前から経済成長が著しいアルゼンチン、ブラジル、メキシコ、ペルー等が移住先として注目されている。最近はウルグアイやパラグアイの労働市場にも感心が高まっている。その理由は、中南米諸国で、さまざまな分野で高度な人材が必要とされているからである。実際、南米の大卒率はまだそう高くなく(30%から40%)、そのうえ専門技術を必要とする市場のニーズを国内の人材でまかなうことができない状態にある。そのため、ヨーロッパの大卒者にとって、中南米は、職が比較的得やすい市場になっているのである。もちろん大卒だからといってすべての移住国で高賃金の仕事に就けるわけではないが、理系や工学の専門分野で、ある程度経験のある人材の必要性は高く、重宝されている。

チリの年間一人当たりの平均所得は15,000ドルだが、メキシコ、アルゼンチン、ブラジルのも11,000ドルを超えている。高度人材として大手に雇われた場合、年間平均報酬が6万から10万ドル以上になるという。

チリのサンチアゴだが、どの国の主要都市も成長しており、高度人材を求めている。

ただ、こうした国々では物価も高騰しており、一般庶民の不満は高まっている。ブラジルでつい最近発生した暴動について言えば、公共料金の値上げやワールドカップ関連の公共事業への不満だけではない。穀物や鉱物資源などの生産増と輸出増によって、これまでにない経済成長と所得倍増を達成してきた。しかし、それと同じペースで格差も広まっているのが現状である。今回のブラジルの「中産階級抗議デモ」が象徴しているように、構造的な諸問題を解決したわけではないので、名目上の所得は増えていても、物価に比例した実質所得はまだ十分ではない。個人消費が増え生活も少しは楽になったことで期待感も高まるが、その実態はミドルクラスといえるほどではない。そのうえ、家電等の購入で借金がかさんでしまい、今回のように不満が爆発したのである。

いずれしても、南米の平均失業率は現在7%以下とこれまでにない低水準であるが、無保険でどこにも登録されていないブラック労働率は未だに40%台である。若年層の失業率は平均の倍で、青少年の50%が中等教育を終えていない状況でスキルアップのための職業訓練さえ受けにくい立場にある。華やかな部分は都市部の一部のエリートサラリーマンと成功している実業家のみであり、この新しい中産階級の地位は非常に不安定でいつ底辺に落ちる分からないというリスクをはらんでいる3

それでも今ラテンアメリカは不足している高度な人材を補うため、スペインやイタリア、ポルトガルの有能な人材を受け入れている。なかでもスペイン人のビザ申請がどの国でも毎年数千人単位で増えている。南米にはスペイン系資本の金融機関、通信会社、ホテル等が存在するが、そうした企業で職を得る者は一握りしかいない。ヨーロッパからの移民の場合、中堅企業への就職か自分で起業する(例:ペルーのクスコの民芸品店、メキシコのスペインバー(タパス)の店等)ケースが多い。また、医師や会計士、弁護士の場合、移住先でその資格を利用するには二国間協定か業界団体の相互認定制度が必要になる。そのため同じスペイン語圏であっても、母国での資格をそのまま利用するのはそう容易ではない。ビザの申請にも時間がかかる。また、ブラジルへ移住する場合、ポルトガル語のテストも必要となる。

この流れは失業率の高い欧州の若者にとっては新たなチャンスと交流機会を生みだしているが、分野によっては専門的なノウハウの伝授にもなっているという指摘もある。高度人材とは言いつつも、実際はさまざまな人が新たな可能性を求めて移動しているのであり、南米にはないビジネス思考で事業を展開しているものもいる。いずれにしても、これまで中南米域内の労働移動はかなり盛んだったが4、ここ数年はヨーロッパから数万人単位でかなり高度な人材が中南米へ行くようになった。このような傾向のは史上はじめてかも知れない。

他方、日本から帰国した日系就労者のなかには、日本の自動車部品工場等で熟練工レベルの技術を身につけて帰国し、その技術を活かしブラジルやアルゼンチンの日系車メーカーで日本にいたときよりいい職を得ている者もいる。ペルーでは、帰国後起業し、成功しているものもいる。そうしたサクセスストーリーの一部が、先日NHKの海外ネットワークという番組(「日系人の逆流現象 ブラジル経済に何が」(2013.04.21放送))でも紹介された。

ブラジルのサンパウロにあるガルロス国際空港。以前は、多くのブラジル人が海外に移住していたが今や欧州からは多くの高度人材がやってきており日本の日系人も戻った。

大卒が多くなった時代では学歴を疑問視する指摘もあるが、学歴や専門性のある職種で経験のある者はどの国でも求められている。人口の半分しか中等教育を終了していない南米諸国では、専門技術者の育成が必要である。今後、専門技術者をどう育成していくかが、経済危機や高失業率の最大の解決策へであることは間違いないようである。

 

注釈:

1. 日本の平均失業率は4.1%で、若年層のがその倍である(2013年4月統計)。スペインの水準は、ギリシアや東ヨーロッパ(マケドニア等)、南アフリカの水準に相当している。イタリアやフランスでさえ10%ぐらいで、アメリカのが8.5%である。南米諸国は、6〜7%でここ数十年でもっと低い率である。しかし、世界労働機構ILOは、2013年の世界の失業者数は2億200万人であると推計しており、これは6%であるが、問題は先進国の失業状態の長期化であると当時に新規求人が少ないということである。15歳〜24歳の若年層失業率は、平均の倍であって世界には7,380万人が失業中である。

2. スペイン等は30年前から南米のエクアドル等から移民を大量に受け入れており、その他ペルー、ブラジル、アルゼンチンからもやってきている。どの国でも、外国人移民の失業率は地元労働者のより20%~30%高いといのが特徴である(スキルが低かったり、語学力が不十分であるからだ)。しかし移民の子弟のは、平均より低いという調査結果も出ている。スペインの場合、2010年の統計では、それぞれ30.25%と18.1%であった。

3. 2年前までは、ブラジルでは約3,000万人の低所得者がミドルの下になり総人口の半分がこの中産階級になったというニュースで盛り上がったが、そのミドルの下「Cクラス」という層は非常に不安定で、消費意欲がある分計画性も低く借金付けになりやすい人たちでもある。また、ミドルでもインフラ整備が整っていないスラム付近にすんでいる人も多いのである。

4. IOM国際移住機関によると、2002年から2012年の間だけでも南米域内の労働移動は70万人で、移住先としてもっと多かったのが、アルゼンチン、ブラジル、チリとウルグアイである。http://www.iomjapan.org/

 

関連記事のリンク:

http://www.infolatam.com/2013/06/13/brasil-quiere-estimular-la-llegada-de-profesionales-extranjeros-cualificados/

http://www.infolatam.com/2013/06/10/el-nuevo-nuevo-mundo-america-latina-vuelve-a-atraer-inmigrantes/

http://www.elcomercio.com/negocios/desempleo-America-Latina-afecta-jovenes_0_704929722.html

http://www.bbc.co.uk/mundo/noticias/2013/04/130326_wanted_migrants_clickable.shtml

http://internacional.elpais.com/internacional/2011/09/30/actualidad/1317388088_985128.html

http://www.bbc.co.uk/mundo/noticias/2011/11/111110_brasil_nueva_clase_media_jgc.shtml

http://lahistoriadeldia.wordpress.com/2010/03/09/clase-media-en-brasil-un-pais-injusto/

http://news.bbc.co.uk/hi/spanish/business/newsid_7001000/7001301.stm

http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2013_1/ilo_01.htm

http://www.jetro.go.jp/world/cs_america/

http://www.eclac.org/

http://www.nhk.or.jp/worldnet/archives/year/detail20130421_301.html

 

© 2013 Alberto J. Matsumoto

経済 ヨーロッパ 移住 (immigration) 中南米
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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